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<<   作成日時 : 2017/12/09 01:08   >>

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日本の近現代史や北朝鮮情勢を考えるに当たって、便宜的に
・「@朝鮮半島」、
・「A満洲・遼東半島、沿海州」、
・「Bオホーツク海沿岸(樺太、千島列島、北海道北東部)」
に分け、それぞれの地政学的な意義について考察してみます。

キーワードは「(民族の)防衛本能」です。これは理屈抜きの強い衝動を与えます。

日露戦争で流れた尊い血をひとまず捨象して戦略的な視点で俯瞰すれば、日本は「満洲」にはまり込んだことが近現代の国策の最大の失敗だったことが浮かび上がってきます。
今度は、「北朝鮮」に深入りしないのが良さそうです。

大国がせめぎ合うという点で、世界中で他に類似の地域を探すなら、中東、アフガン・パキスタン、バルカン、東欧が似ていますが、せめぎ合う周辺大国が三つもあるという点では、バルカンと並んで最も複雑化しやすい地域です。


【ロシアにとっての北東アジア】
ロシアにとって、「北東アジア」は地政学的に重要な価値があります。戦前は、日本とロシアの両大国でここを取り合ってきました。
特に、満洲、沿海州は重要な地域です。
  
・「満洲」が敵対的な強国の支配下に置かれることにロシアは極めて敏感です。日露戦争後も、北満洲やモンゴルは手放しませんでした。
また、ソ連が「満洲」の日本軍に脅威に感じたことが支那事変の原因となったこと(←コミンテルンの工作)が、最近指摘されています。
日本の敗戦間際に「満洲」に雪崩れ込んでいます。それほど執着してきた地域です。(それを手放したのは共産チャイナとの間で何かあったのでしょう。)

おそらく、彼らが「満洲」に執着するのは「シベリア鉄道」を守ることが至上命題であるためだろうと考えられます。ロシアはモンゴル帝国に似たユーラシア国家ですから、「シベリア鉄道」は、モンゴル帝国のステップロードに相当する帝国を成り立たせる命綱なのでしょう。

・「遼東半島」は比較的重要な地域です。日露戦争ではヨーロッパ・ロシアから陸海軍の大軍を動員してまで、「遼東半島」を死守しようとしました。
「遼東半島」は満洲と一体的な地域を構成している上に、シベリア鉄道の支線を延伸すれば、チャイナにアクセスでき、シベリア鉄道の価値が格段に高まります。
また、「遼東半島」に軍港を得ることで、渤海から北京を恫喝できます。

・「朝鮮半島」は、軍港ウラジオストクのある沿海州と隣接しており、第二次大戦後、同半島の北部に金日成を送り込んで傀儡政権を樹立しようとし、その後も何かとパイプを維持してきました。
ただ、北朝鮮に強い支配は及ぼしていないところを見ると、主として半島南部に駐留するアメリカとの「緩衝地帯」として価値を見出しているのではないかと推察されます。仮にアメリカが北進すれば、ウラジオストクが危険に晒されます。
今も、北朝鮮の裏でロシアが策動していると言われています。ロシアとすれば、アメリカ軍(NATO軍)とウクライナ方面との「二正面作戦」に陥ることは絶対に避けたいと考えられます。つまり、アメリカ単独の北進を阻止するのが策動の目的ではないかと思います。
半島南部でロシアが工作をしているという噂は聞きませんから、半島南部は大した価値はないのでしょう。

・オホーツク海沿岸の樺太、千島(、北海道東北部)は寒冷で不便なので大きな価値はないでしょう。明治初頭に樺太千島交換に応じていますし、日露戦争後も南樺太を日本に割譲しています。冷戦時代に、SLBMを発射できる潜水艦の隠れ場所として少し重要性は増しましたが。。
北方領土については、ロシアは「米軍基地を置かれると困る」という程度だろうと思います。ただし、北極海航路の開拓次第では価値が化ける可能性はあります。


【チャイナにとっての北東アジア】
満洲と遼東半島は、チャイナにとって極めて重要な意義があります。日清戦争前夜からの日中のせめぎ合いの核心です。

・まず「満洲」は北京に近く、日露戦争で日本が満鉄の権益を獲得した1905年以降、日中のせめぎ合いの場となりました。いかに「満洲」から日本を追い出すかに知恵を絞ったのが、この時代のチャイナ史だと言っても過言ではないくらいです。この点に日本は戦前も戦後も鈍感過ぎるのではないかと思います。

歴史的に見て、「満洲」は中国の鬼門です。
高句麗に手こずった隋は滅亡しますし、契丹族の遼や女真族の金・清など「満洲」の異民族がチャイナになだれ込んで征服されてきたという苦い歴史があります。ここに強い民族が出現すると必ず征服されてきました。
歴史とセットで「征服」を連想させるトラウマの地域です。

仮に日本で言えば、釜山や北九州に敵対勢力があったらというのに似た状況です。釜山に敵対する唐の属国新羅がいた律令時代、日本は「防衛本能」を呼び覚まされ、北九州に防人を置いていました。また、元の属国高麗に対する北九州の防塁も同じ危機感の表れです。
釜山は海の向こうですが、地続きの「満洲」に敵対国がいるというのは、チャイナにとっては、それ以上です。死刑宣告をされたようなものです。

・「遼東半島」も、渤海を渡れば北京に近く、ここにシーパワーがいると「喉元の匕首」で、夜も眠れない状況に陥ります。なお、渤海に面した山東半島も全く同じです。
このことに日本は鈍感過ぎたのではないかと思います。日露戦争と第一次大戦で、日本はこの両方を当然の如く獲得しようとしますが、それがチャイナの政治家の心にどんな影を落としたかは、もう少し考察されてもいいだろうと思います。「日本はアジアの盟友ではなく、敵対国だ」と強く警戒したことが想像できます。喉元にナイフを突き付ける友人はいません。

特に、「遼東半島」は、チャイナ人の防衛本能を呼び覚まします。「半島北部」はこれに準じます。半島南部はさほどではないと思われますが。。

こう考えれば、北朝鮮がチャイナ圏であることが国際的に認められている現状は、絶妙な「均衡」がとれた状態です。コリア戦争以降、半島で戦争が起こらないのは、この「均衡」のおかげです。
したがって、この「均衡」が崩れると、チャイナは「防衛本能」を呼び覚まされ、本気にならざるを得ないと思われます。

・沿海州やオホーツク海沿岸はどうでもよかったのでしょう。ただ、現代チャイナは、東シベリアを「チャイナ圏」と考え始めた節があり、そうなると中国にとって沿海州の重要性は増します(米露の排除)。


【日本にとっての北東アジア】
日本にとって、朝鮮半島南部とオホーツク海沿岸は、重要な意義のある地域です。

・特に「朝鮮半島」は、唐や元の時代にチャイナの強い影響下に置かれたので、日本全土に危機感が走りました。これは本能的なものです。上述の防人や鎌倉時代の防塁は、本能的な危機感の表れです。
また、日清戦争後、ロシアが「朝鮮半島」を影響下に置いたことが日露戦争の遠因となりました。
ロシアにとっては棚ぼたで、コリアの閔妃と高宗が日本を排除するために強国ロシアにすり寄ったのですが、ロシアは彼らのすり寄りを上手く利用し、「朝鮮半島」の鉄道や港湾など軍事に活用できるインフラを整備しようとします。

明治の日本人は、ロシア軍がシベリア鉄道を通って釜山まで来ることに想像を巡らし、防衛本能を呼び覚まされました。
ここから「北東アジアへの介入」という日本近代史の第二幕「悲劇」が始まります。コリアが強国ロシアを引っ張り込んだことが「北東アジアの悲劇」の始まりと言えます。

ただ、日本にとっては半島南部が敵対強国との緩衝地帯として重要で、北部は間接的な影響にとどまると考えられます。この点でも、1950年〜のコリア戦争後の半島の「均衡」は絶妙です。
ある意味、戦後の平和は、コリア戦争後の「均衡」のなせるワザで、逆に言えば、この「均衡」が崩れる時、周辺大国の負の連鎖反応が起こり、平和は失われると考えるべきでしょう。

・次に「オホーツク海沿岸」は、北海道や北方領土という日本領土を含んでいるので重要ですが、寒冷で敵対国も手薄なので「朝鮮半島」ほどの意義はないと言えます。

・「満洲」は、日本が日露戦争後に満鉄権益を得てしまったことで生真面目な日本人が完全なるコントロール下に置こうとしたのが悲劇でした。日本にとっての満洲は、対外関係がコントロールできない泥沼と化すように転がってしまった「鬼門」と総括できると思います。

後知恵ですが、満洲は、日本防衛にとって本来は不要です。むしろ、チャイナとロシアの「防衛本能」を呼び覚ますので、満洲を日本の排他的影響下に置くのは下策でした。

日露戦争で取れなかった賠償金の代わりにアメリカ(ハリマン財閥)に満鉄権益を売却してしまえばよかったのではないでしょうか。
ハリマン財閥が満鉄の共同開発を申し出たのを桂太郎が受諾した後に小村寿太郎が反故にして日本の信用を下げたと言われています。小村外相にすれば、「ただでさえ賠償金を取れなくて国民の不満が暴発しそうなのに」ということですが、換金して戦債の償還財源に充当する道はなかったのでしょうか。「小村外相=超有能」という洗脳からそろそろ脱する必要があると思います。

歴史を俯瞰すると「満洲=日本の鬼門」で、満鉄権益の扱いこそが近代史第二幕のミッドウェーになったと言っても過言ではないのですから、小村外交は、よくよく検証する必要があると思います。
「満洲国建国」を閃いたという石原莞爾に至っては本当に天才だったのか、単なる思い込みの激しい人なのか。。。


【北東アジアを巡る戦前史】
地政学的な視点で見れば、「北東アジア」は、日本、チャイナ、ロシアのそれぞれにとって「防衛本能」を呼び覚まされる重要なツボとなる地域であり、それぞれが知力、外交力、軍事力を尽くすべき「せめぎ合いの場」だったことが分かります。

日本近代史の第二幕は、次第に「北東アジア」特に満洲に振り回されていき、日本が、徐々に自由と民主主義を圧迫する「ランドパワー」と化した時代と言えるかも知れません。それに伴って、急速に明治の美風は失われていきました。
明治人の代表が伊藤博文だとすると、彼が朝鮮併合にすら反対していたことは示唆的です。そして、彼の暗殺により、日本は危険な一歩を踏み出しました。また、犬養毅も代表的な明治人ですが、彼も満洲事変を収束させようとしましたが、同じく暗殺されました。この暗殺で日本はそれまでとは違う国になってしまったと思うのは私だけでしょうか。
時代は20年近く離れていますが、この二つの暗殺で、日本が失ったものは、あまりに大きいと思います。日本は、「炯眼」を失ったのです。

また、戦後日本人が、海軍に好感を抱くのは、ランドパワー化ではなく、自由と民主主義を重視する「シーパワー」の道もあったという声が歴史の奥底から聞こえるからかも知れません。

近代史の第三幕では、ロシアが日本との正面衝突を避けて裏に回り、日中の正面衝突が恒常化・定型化していきました。
具体的に裏で動いたのはコミンテルンですが、彼らも無から有を生ずることはできません。
日本が戦略的にまずい状況(=日本軍の存在がチャイナの防衛本能を呼び覚ます状況)にあったのに、そのまずい状況にロシアは気づき、日本が気づかなかった結果、まんまと泥沼に引きずり込まれて滅亡したという見方もできます。

コミンテルンの得意なのはレバレッジです。敵国の不利な状況を増幅するやり方です。日本がまずい状況とその原因に気づかなかったから増幅されたのです。
   
歴史はいろんな見方ができます。
日本は戦略が弱かったので、チャイナとロシアの防衛本能を呼び覚ます「満洲」を実行支配する道を辿り、その結果、中東のような泥沼に引きずり込まれたという見方が成り立つと思います。

【歴史の教訓】
あまり指摘されない重要なことなので、しつこく振り返りたいと思います。

実際に日本が辿った歴史は、
日露戦争
→満鉄権益・賠償なし
→チャイナによるテロ、張学良による国際法無視
→日本、満洲をコントロールしようと奮闘努力
→チャイナの警戒心が急上昇
→関東軍がチャイナ(中華民国、張学良)を排除すべく満洲国を建国
→チャイナが日本の世界征服プランを捏造・喧伝
→日本、国連を脱退
→ヒール役になった日本
→国際的孤立
→・・・

チャイナから見れば、「朝鮮半島」が日本の保護国→併合、「満州」と「遼東半島」が満鉄権益→傀儡国家となったことに、脅威を感じた点は否めないでしょう。

●上述のようにチャイナにとって北東アジアで地政学上重要な地域は、「満洲」や「遼東半島」「朝鮮半島(北部)」の地域ですが、これらが日本圏になったというだけでなく、
●手を拱くと、日本を上とする「上下関係」に置かれることをハッキリ示したことになります。

当時のチャイナは、「放置すると、いずれチャイナ全土が併合されるか、傀儡政権の下に置かれるのではないか」と想像したのではないかと思います。
こういう状況になると、必死に「夷を以って夷を制する」策を講ずるのが彼らの常套であることを漢籍の素養があるはずの当時の教養人は分かっていなかったのでしょうか。
少なくとも、漢籍の造詣が深かった犬養毅は警鐘を鳴らしていましたが。。

チャイナ国民党は、「夷」として、まずソ連を引き込み、そしてドイツ、最後は英米を引き込みます。さらに米国でコミンテルンとともに反日宣伝をして、ついに日米開戦まで漕ぎ着きます。何という執念でしょうか。

日本は、大アジア主義者(頭山満、犬養毅)や伊藤博文が警戒していた方に歩んでしまいました。満洲事変を収束させようとした犬養首相は五・一五事件で暗殺されてしまいました。。

彼ら大アジア主義者らは、日本とアジアが「上下」になることを避け、「対等」の関係になることを目指していました。これは一種の理想であって近代社会の素地がない中韓には、現実には難しいことではありましたが、彼らの言わんとしたことは「上から目線は後で高くつくぞ」だったと思います。

日本は、国際法上適切な手続きを踏んだのは確かです。しかし、地政学の視点で見れば見えるかも知れない大きな絵(=満洲のアリ地獄)が見えていなかったのではないでしょうか。

日露戦争後、日本は、イギリス、アメリカ、ロシアそれぞれとアジア諸国(それぞれ朝鮮・南満洲、インド、フィリピン、北満洲・モンゴル)を支配下に置くことを認め合う密約をしています。
白人支配の世界において日露戦争に勝利し、非白人が白人に勝てることを世界中に示したのは誇るべき歴史です。しかし、戦争後に五大国に数えられ、日本の一部エリートの精神が列強化して、「白人支配側」に回ってしまったのではないかと思います。
日本は何のために明治維新をしたのでしょう?

現実の日本が辿ってしまった、そうした「白人の野蛮さへの同化」に対するアンチテーゼとして、「大アジア主義」は貴重だと思います。


歴史を研究する時、「正邪・善悪」を判別するのは避けなければならないと言われますが、それは学者の職業倫理です。

しかし、歴史学者でなければ、むしろ「善悪」の視点を持って見ることはとても大切だろうと思います。
過去を生き抜いた先人たちの貴重な営みの中から、今を生き抜く何らかの「教訓」を得たいというのが一般人が歴史を学ぶ主たる動機です。

そして、日本人にとって最高の「教訓」は、行為の「善悪の判別」です。陰徳を最高の美徳とし、そして悪は身を滅ぼすというのが、庶民の尊い美徳で、後述するように、これが現場の日本人を気高くしています。
だから、「善悪の分別を避けよ」と言うのは、歴史を学ぶ動機を失わせるに等しいです。
「キレイゴトを避けよ」なら分かりますが。

(注)実際、チャイナの「悪」を暴く保守陣営の研究は最近多いです。

その視点で近代史を見ると、
●日本は、チャイナの「防衛本能」を呼び覚ます地域に軍隊を置いていた。
●最後は力づくで上下関係を作った。
という状況自体がチャイナを追い詰めた。
そして、チャイナが死にものぐるいになった結果、日本が追い詰められる結果を招いた。

つまり、近代以降の日中関係史は、「作用と反作用」の歴史だったのではないかと思います。
大アジア主義者や伊藤博文たちは、この「反作用」を心配していたのでした。彼らはチャイナ人との付き合いが深いので、彼らがどんな酷い「反作用」をしてくるのか、それがどれほど日本の国益を傷つけるかを心配していたのかも知れません。
「善悪」で言えば、「己の欲せざることを人に施すなかれ」です。

戦後のチャイナは、1920年代以降コミンテルンに教えられた反日宣伝という「反作用」の増幅が今に至るまで続いて自己目的化してしまった状態です。実に百年に及びます。
「重耳」や「臥薪嘗胆」の故事がある通り、チャイナの為政者は世界一執念深いです。いずれの故事も、自らが弱い時に受けた仕打ちを実に執念深く覚えていて何倍にもして相手に返すという故事です。ザ・チャイナです。

戦前の日本が得意分野の軍事力で「作用」したのに対し、チャイナは得意分野の捏造・宣伝と外交力で「反作用」を増幅させたのですが、80年代以降はストップさせることができなくなっています。

チャイナの戦中世代は、日本軍への恐怖心もないまぜになっていたのでしょう。

しかし、80年代になると、日本国内の「反日」勢力と組んで南京虐殺宣伝を行います。これが本格的な「歴史戦」の始まりと思われます。

(注)南京虐殺の「証拠写真」がデタラメであることは、「南京事件 証拠写真を検証する」(東中野修道著)に明らかです。

天安門事件で正当性が揺らいだ直後の90年代以降(江沢民政権)は、これに「共産党政権の維持」が新たに有力な動機として加わります。

そして、今の習近平政権は「歴史戦」を強化し、日本の国際的な地位を貶めるために、世界中で「反日」宣伝をしています。一説には宣伝費用は1兆円に上り、韓国民間団体による慰安婦像設置の財源にもなっていると言われています。
これら「反日」宣伝は、チャイナがアジア覇権を掌握するための日米韓の離間策でもあります。

80年代以降にチャイナが行っている「歴史戦」は明らかに反作用ではなく、(反作用に見せかけた)新たな「作用」です。

一方、日本国内では、ネットと書籍を中心に2010年頃からチャイナの悪だくみを暴露する情報が拡散しています。これにより、今度は日本人の「防御本能」が目覚めて、チャイナの「作用」に対する「反作用」が生じつつあるというのが現状だという見方もできます。

陰陽で言えば、「作用」が陽で「反作用」が陰です。陰陽は変転して続いています。

なお、「自虐史観」に洗脳された論者は、今でも「反作用」が続いているのだと思い込み、「足を踏んだ側は踏んだことを忘れるが、踏まれた側は踏まれたことを忘れない」「嗚呼、日本はそれほどに悪いことをしたんだ」「永久に反省しないと」と馬鹿げたことを言います。一種のカルトです。

逆に、自虐史観の反動である「戦前礼賛」の論者は、戦前の日本がやってしまった「作用」を見落として、チャイナの「作用」ばかりを言い続けます。なお、この場合の「作用」は、チャイナが捏造した「虐殺」ではなく、「満洲・遼東半島に軍隊を置いたこと」と「満洲・遼東半島に傀儡政権を作ったこと」です。


【歴史のif】
歴史を見るときのタブーを犯したついでに、「歴史にifはない」のタブーも犯します。if(別の選択肢)を考えることで何かしら見えてくるものがあるかも知れません。

日露戦争
→満鉄権益・賠償なし
→日本はアメリカに権益売却(→富獲得→戦債の償還→財政に余裕→財政出動で本格的な景気回復→資本主義の維持・発展)
→アメリカ、満鉄権益を守るために満洲に軍隊駐留
→チャイナの防衛本能が呼び覚まされる
→チャイナ、満洲に居座るアメリカとロシアを警戒心上昇(反日ではなく、反米・反露、反白人)
→チャイナは、アメリカやロシアを追い出すことに知力を絞る(→逆に、日本とは協調的(大アジア主義)→コミンテルンの反日扇動は不調に終わる、国連脱退もない)
→コミンテルン、反米扇動
→米中戦争
→日本が米中の仲介
→日本の国際的地位の向上

これこそが大アジア主義者たちが思い描いた絵に近いのではないでしょうか。

もちろん、チャイナは、「騙される方が悪い」という社会で嘘が多く裏切りが得意ですので、心から信用すべきではないでしょう。

しかし、もし上記のような選択をとれば、1920年頃から百年間執拗に続く「反日」からは解放されたのではないかと思います。抗日が殆ど必要ないような過去であれば、「反日」は空虚です。

近代チャイナ大衆の憤懣の矛先が日本ではなく、ロシアやアメリカに向けられていれば、そもそもコミンテルンもどうにも工作しようもなく、日本とチャイナの間に戦争は起こらなかった可能性は十分あります。
実際、1900年の義和団の乱の時は、チャイナ大衆の怒りは列強全体に向けられていました。(義和団の乱と生麦事件など幕末から明治初期の白人殺傷事件は同類項です。)

日本留学組の多くが日本で共産主義を学んだのでエリート層は赤露の手先になっていた可能性はあります。しかし、上記の状況なら、いくら彼らが「日本が敵だ!」と叫んでもチャイナ大衆の心を掴むことは不可能になったことでしょう。

しかし、実際には、日本は、いつの間にか「列強」の真似をしてチャイナを「権益」を奪う対象として見るようになってしまいました。
この点、歴史を学ぶ者は虚心坦懐になるべき点ではないかと思います。

「日本は国際法上の当然の権利を主張した」という見方は正しいですが、正論は冷たく響きます。
徐々に自国の領土が蚕食されていく時に大衆は何を思うでしょうか。暗愚な政府を呪うだけでは済まず、蚕食する者たちに怒りが向かうはずです。

大衆に呪われた暗愚な政府は、「辛亥革命」で倒れました。辛亥革命は、多くの日本人(大アジア主義者)が資金的にも人材的にも応援して成功したものです。

しかし、1919年の五・四運動では日本に怒りが向かいました。この時には「蚕食者」の代表格が日本になっていたのです。
五・四運動で槍玉に上がった「対華21ヶ条要求」は、日本による満洲権益や旅順・大連の租借、ドイツが持っていた山東半島権益の日本による継承承認など。満洲・遼東半島・山東半島に駐留する外国軍は、チャイナから見れば、上述したように「喉元の匕首」です。
チャイナの防衛本能を呼び覚ましました。

日本に対しては、「非白人のホープ」として期待が強かっただけに裏切られた時の怒りもひとしおだったろうと想像できます。当然、コミンテルンが「怒り」を増幅しました。

2年後の21年にはチャイナ共産党(コミンテルン・チャイナ支部)が創設され、さらに24年には、コミンテルンに口説かれた孫文が「国共合作」に踏み切り、蒋介石をモスクワに派遣します。
孫文が日本を裏切った側面もありますが、日本も「友人」の喉に匕首を突きつけていたという側面があります。


西郷隆盛、頭山満、あるいは岡倉天心(文化財保護)らに共通していたのは、

「列強は、一皮むけば「野蛮」で、決して文明国とは呼べない」

という達見でした。これが「大アジア主義者」の核心的な洞察です。
孫文が信用できない人間であることを分かっていながらも、彼を支援し続けたのは、そうした信念に支えられてのことに違いありません。
列強の力が強まって、また、日本まで列強と同じやり方をすれば、「野蛮」が世界を覆うことになります。

仮に日本が「権益」の獲得に走らなければ、誰も「反日」世論を作りようがありません。むしろ、多くの留学生が日本に渡航したように、日本は「憧れ」の存在になったでしょう。「反日」教育を受けた現代チャイナ人ですら、日本に学ぶべき、日本は憧れと考えている人は多いそうです。

陸軍幹部がのさばることもなかったでしょうから、日本はランドパワー化せず、自由と民主主義は維持された可能性が高いです。

また、仮に日米戦争が起こっていたとしても二正面作戦を避けられたので、戦局はどう変化していたか、日本が勝ったかも知れません。

そうなれば、自虐史観とは無縁な、独立自尊の明治的な国家が現在まで続いていたということです。


【大アジア主義と自虐史観の違い】
大アジア主義は、自虐史観と一見似ています。

しかし、大アジア主義は日本を生かすための視点、自虐史観は日本を滅ぼすための視点です。根幹が真逆です。

自虐史観論者は、9条教徒であることが多く、「日本は丸裸で侵略されよ」というに近いカルトな考えを持っています。「みんな仲良くしたがってる」と幼稚園児のようなことを考えています。

大アジア主義者は、「独立自尊」がその根幹精神ですから、「軍隊は当然持つべき」という考えで、「侵略されそうになったら徹底して戦え」という考えです。犬養毅翁は、あるアジアの独立運動家に「独立は血で贖え」と言って発奮させています。「独立自尊」こそ、明治人を明治人たらしめた根幹で、大アジア主義者もこの系譜に連なります。

自虐史観論者は、とにかく「日本が侵略した」「何でも日本が悪い。他国はいい人たちなんです」という自虐そのものの歴史観です。

大アジア主義者は、理想主義者でもあり、リアリストでもあります。「欧米は野蛮だから、日本は同化してはいけない」「長い目で見たら、アジアを育てて列強を追い出した方がいい。世界が寡占化している」「アジアの育て方として、日本とアジアの上下関係は誤り。恨みを買う」という認識です。現実をよく見て、日本とアジアの両方の利益のためという視点です。

ただし、大アジア主義は脱白人支配が軸だと考えられ、アジア興隆後の新たな大国(チャイナ)や新興国(コリア)による権謀術数が織り込まれていない点は留意が必要で、中韓の扱いについては根本的な修正が必要です。
そもそも、脱白人支配は、アジア人の人権を虐げることへの道義的抵抗ですが、今のチャイナも結局は同じことをやっています。現代では、「脱白人支配」は「脱チャイナ支配」と言い換えてもいいでしょう。

チャイナ国内に詐欺的な手法で併合されたチベット、ウイグル、モンゴルでは深刻な人権侵害が日常的に行われ、民族が消滅しようとしています。
今の大アジア主義者の中心テーマは、彼らの人権回復だろうと思います。

また、東南アジア諸国は共産チャイナ建国以降にチャイナは影響を増し(=大東亜共栄圏の焼き直し?)、それへの反発から日本の政治家も動いてASEANが結成されましたが、現代は特にラオスやカンボジアでチャイナの影響力が急速に増大しています。
南シナ海の実効支配を強めるのも、ASEAN(や日本など)のシーレーンを掌握することで、この地域への関与を「影響」から「支配」へと変化させようとする意図があるのでしょう。チベットのようになる前に、「支配」を排除する必要があります。

つまり、「白人」を「チャイナ」に置き換えれば、近代以降のアジアで起こった「悪」が再現されようとしていることが分かりますし、今こそ大アジア主義が見直されるべきだと思います。


なお、「大アジア主義」は、「大東亜共栄圏思想」と混同されがちです。
しかし、「大東亜共栄圏思想」は尾崎秀実ら左翼が創り出した「アジア赤化戦略」が下敷きになっている点、殆ど知られていません。興味のある方は、「戦争と共産主義」(三田村武夫著)を読まれることをお勧めします。尾崎自身がゲロっています。
「大アジア主義」から借用した点もあるでしょうが、根幹が腐っています。
要は、日本を大戦争に駆り立て疲弊させて敗戦革命を起こすための偽りの大義でした。

つまり、「大東亜共栄圏」の動機は腐り果てた外道でした。

しかし、前線の兵士(や大川塾生)は本気で「大義」を信じて入魂した結果、「アジア諸国の独立」という人類史上の大転換が成し遂げられた訳です。
戦争を始めた者たちには大義はないですが、現場が大義に昇華させたという不思議な現象が発生したということです。この点、保守陣営の中には、企画立案者と「現場(兵士)」を混同して「大東亜共栄圏思想」自体を賞賛してしまっている人が多いのではないでしょうか。

「現場」が入魂するのが日本の良さだと思います。現代でも、日本への賞賛の多くは、特定の際立った個人への賞賛というよりも、「現場」の日常の蓄積に由来しているのではないでしょうか。
日本では、えてして「現場」は優秀で気高いと言えると思います。それは、「(思考にではなく)行動に魂を入れる」文化のためだろうと思います。
日本文化の特徴は、「日常こそ聖なるもの」。

戦場という異常状態の中で、気高く生きた兵隊さんたちのことは、心から尊敬します。


【北朝鮮情勢】
北朝鮮問題は、地政学的には上述と同じ「北東アジア」の問題です。
過去は、「北東アジア」は、チャイナ、ロシア、日本がせめぎ合う場でした。戦後は、チャイナ、ロシア、アメリカのせめぎ合いの場です。今も、これら三国が北朝鮮を巡り水面下で随分と駆け引きや交渉をしていることは想像に難くありません。ポーカーゲームの最中でしょう。

チャイナは、北朝鮮が敵対強国の勢力下に入るのを極度に恐れるでしょう。満洲に日本が入ったのをあの手この手で追い出そうとして、やがて大戦争にまで発展したのと同じ状況になるからです。そうなれば、戦後保たれてきた「均衡」が崩れ、戦争かテロが待っています。
チャイナがアメリカの北朝鮮への単独行動を嫌うのは、基本的にはこのためだと考えられます。また、今の北朝鮮体制は、習近平にとっては敵対国であり、温存させるつもりもないでしょう。何かは起こるはずです。体制崩壊か。。

ロシアもアメリカが北朝鮮に入るのは絶対に避けたいでしょう。満洲に関東軍がいたのと同じインパクトがあります。ロシアの場合、裏でチャイナとアメリカを戦わせようとするでしょう。戦前、チャイナと日本を戦わせたのと同じです。

アメリカは、核兵器の脅威さえ取り除ければ関心は急速に低下するでしょう。

アメリカの単独行動は、満洲事変以降の悲劇を繰り返しそうです。

一方、「日本はプレーヤーでなくなった」と嘆く必要があるでしょうか。むしろ喜ぶべきではないでしょうか。

日本にとって、北朝鮮は「満洲」に似ています。どうでもよいばかりか、深入りすると、むしろ高くつく地域です。
@難民やAテロ、B北部政権の半島南部への影響、C南西日本海の状況の4点には通常以上の注意が必要ですが、「満洲」の二の舞を避け、深入りしないのが得策です。半島北部に深く関わると、チャイナやロシアによって泥沼のアリ地獄に引きずり込まれること必定ですから。


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