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zoom RSS 「永続敗戦論」って、わけわからん(白井聡と宮台真司の対談を聞いて)

<<   作成日時 : 2017/05/07 23:44   >>

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【「永続敗戦論」=新手のアメポチ批判】
少し前に「永続敗戦論(白井聡)」というのが提示され、孫崎らが文壇を継承する者が出たと絶賛していますが、いわゆる「アメポチ批判」の焼き直しに過ぎません。
知的に唸らせる論理は全くないですし、むしろ知的劣化が甚だしいと感じました。


【アメポチ批判について】
まず、アメポチ批判自体がお花畑です。
超大国アメリカは、圧倒的軍事力を有しているだけでなく、石油や鉱物などの資源を牛耳っています。アメリカを動かす背後勢力(国際金融)は金融システムを掌握しています。

これに挑戦しようとしているチャイナは、
◯国民生活への財政支出を置き去りにして、
◯日本の3〜4倍の軍事費(15〜20兆円)を投入して大軍拡をし、近隣諸国に脅威を与え、
◯アフリカ等に現代版の植民地を作って資源を漁り、
◯AIIBなど金融システムの世界で国際金融に喧嘩を売る
といった巨大なコストをかけて、結果アメリカから敵認定されましたので、戦前の日本と同様に、これから泥沼に突入する可能性が高いです。
目が開いていれば、このくらいは誰にでも分かる事実です。

どうしてリベサヨはこんなことも見えない幼稚な頭しか持ってないんでしょうか?学生さんじゃあるまいし。。。


【宮台真司もバ◯のようだ】
この白井聡というバ◯との対談で、宮台真司という別のバ◯が、「私は重武装中立」と驚きの一言を言いました。
あの〜、今の防衛費が年間5兆円(増やしても10兆円)で済んでいるのに対し、安保破棄の重武装中立には年間25兆円かかるということを知らんのでしょうか、このア◯は。。。あまりの無責任な発言に、聞いてて虫酸が走りました。

基本認識として、日本は財政難です。年間20兆円も軍事費を増やすなら、社会保障費は大幅削減になるのは必至です。現に戦前がそうでしたから。

アメポチと罵られようが、国民を守るには安保は絶対必要です。


【現代の戦争】
ついでに言っておくと、今の戦争は、
◯陸海空の戦争だけでなく、
◯サイバー空間
◯宇宙空間
も戦争空間となっており、更に人工知能兵器の開発が静かに競争激化していることを忘れてはならないでしょう。上記の25兆円では足りないでしょう。ちなみに、アメリカは年間60兆円です。

さらに、近年の世界情勢を見ていると、戦争になる前に
◯経済封鎖
◯金融封鎖
というのをやられてしまうということも、冷静に考えとく必要があるでしょう。
古くは戦前の日本がそうでしたし、今もロシアや北コリアがこれをやられています。当然、これらの国では国民生活は悪化しています。

孫崎を始めとする反安保派、アメポチ批判派の論者には、是非、上記を踏まえた戦略を語るべきでしょう。でなければ、無責任ですし、知的でないことを自ら立証していることになります。
議論の対象が国民生活を対象とするものである以上、現実を踏まえた議論以外は机上の空論であり、そのような議論をするのは、バ◯の謗りを甘んじて受けてほしいです。


【敗戦か終戦かの馬鹿げた話】
白井聡氏は、「敗戦」を「終戦」と言い換えた戦後の体質について、「敗戦」というと「責任論」に発展するからと立論しており、これが原発事故まで続く戦後の無責任体質と言っています。

リベサヨ得意の言葉狩りです。

私は、「終戦」には、「もう戦争を終わらせたい。戦争はこりごりだ」という、当時の日本人の多くが抱いていた感情に沿った言葉なんじゃないかと思います。
それに、事実として、日本はチャイナやイギリス、オランダには勝ったまま、アメリカに負けただけという共通認識もあったでしょう。特に日本軍が連戦連勝だったチャイナ戦線からの引き揚げは現地日本軍の説得が大変だったと聞きます。たしかNHKでやっていました。

あれやこれや考えると、まず「『敗戦』の語を避けたのは、責任論を回避するため」という立論からして「ハテナ」です。こんな立論からダメな議論をその後も延々と続けるんですから、やはり知的レベルが可哀想な人なんでしょう。


【責任論】
それに、当の「責任論」ですが、
◯東京裁判という戦勝国による集団リンチで、事後法で責任を取らされて処刑などされたのは何だったのでしょう?
◯何万人という公職追放は何だったのでしょう?

公職追放された人たちの一部が復帰するのは、単にコリア戦争が始まったからです。「終戦」の語とは全く因果関係がありません。

むしろ責任論ということで言えば、その後の言論界の主流であった進歩的文化人(=リベサヨ)が、「東京裁判史観」を継承し続けました。

その結果、「言論空間」が歪んだままで、日本人は、
◯左翼的な経済政策とセットの軍国主義がどうしてもたらされたか、
◯軍国主義が何をもたらしたか、
◯なぜ民主主義が停止したのか、
◯なぜ軍が政府の下におらなくなったのか、
という基本的なところも自己総括できてないです。日本人自身が自己で総括していないわけですから、当然に責任論が議論できないわけです。

というか、リベサヨは東京裁判史観を受け容れた時点で、東京裁判での判決で責任論は決着が着いたというスタンスでないとおかしいです。
が、この白井聡という人物は「終戦」という言葉が責任を曖昧にしたという虫の湧きそうな議論をするわけです。

責任論をきちんと議論するには、このブログで以前から述べている通り、いったん東京裁判から離れて、日本人自らが1920年代あたりから終戦までを「自己総括」する必要があります。
これは、保守論壇には容易ですが、リベサヨには無理でしょう。


【またもや宮台真司氏の暴論】
なお、対談では、宮台真司氏が、「なぜ天皇の終戦の決断が遅かったのか」と、これまた自分の知的レベルを露呈する発言をします。

明治憲法の運用では、英国を見習って「輔弼」に大きな意味を持たせており、内閣の決定を天皇が機械的に承認するという運用がなされていたことは、近現代史の常識の類です。(それゆえ、天皇には当然に戦争責任はありません。)

このため、昭和天皇は御在位中に自ら判断されたのは二度だけです。
◯一つは内閣が機能停止になった2.26事件の直後の事態収束の御指示と、
◯もう一つが内閣の議論が完全に煮詰まって結論が出なくなった終戦直前の御聖断です。
天皇の責任を語る言論人は、当然に踏まえなければならない憲法解釈です。

つまり、天皇は憲法の制約をきちんと守られてずっと待たれており、内閣が議論不能となった時点で初めて「終戦」の御聖断を下すことが可能になったわけです。
ちなみに、昭和天皇は開戦に至る際にも「よもつ海」の明治天皇御製を敢えて詠われ、内閣に対して平和の意思を婉曲的に示され、また、戦争中も御前会議がいつも雨であったことに心を痛めておられたそうです。
つまり、戦争に反対のスタンスでした。
だから、内閣が判断不能になった時に、御聖断を示されるとともに、軍が収まらないことを御心配されて皇族を各地の軍に派遣して、戦争終結が天皇御自らの強い御意志であることを伝えるように御配慮されたのです。

当時の出来事を憲法解釈に則って理解できないような人間には言論人たる資格はありませんし、まして況や「立憲主義」を標榜する資格もありません。


【まとめ】
要はリベサヨは、次の世代もこんなのしかいないようですから、ダメです!
彼らは、一般国民のことが見えておらず、とても狭い進歩的?文化人サークルで気に入られるか、優位に立つことしか頭にないのだろうと思います。
このような言論は「死んだ言論」であり、百害あって一利なしです。




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