「日本国紀」にハテナ(保守の立場から)

百田尚樹氏は好きな作家、コメンテーターですが、「日本国紀」を本屋で軽く見た限りではちょっと首を傾げました。

縄文時代についての記述が非常にアッサリしています。私は、この時点で読む気をすっかりなくしてしまいました。

日本人の日本人たる所以は、まずは縄文時代にあると思います。
縄文時代は、戦争がなく、縄文家屋の遺跡からは、見えない存在である神々や祖先への祭祀、つまり敬神崇祖の原型がうかがえ、日本の基盤は一万年以上も続いたこの時代に作られたものだと思いますが、「日本国紀」にはこの時代について教科書よりも薄い記述しかありません。
顔を洗って出直してほしいものだと思います。

弥生以降の三千年よりも遥かに長い期間の精神文化が、その後の日本人の精神文化に影響を与えないはずがありません。
「半島からの渡来人が弥生文化を形成し、縄文人は滅亡した」という、非科学的で、現代の遺伝子研究では否定されている教科書歴史観から脱却していないのではないかと思います。
縄文人は弥生時代も「多数派」として生き残り、水田稲作を学びながら精神文化を紡いできました。農村にある里山などは、水田稲作の画一性に対する多様性であり、縄文文化がここに継承されていると考えられます。(https://s.webry.info/sp/66575033.at.webry.info/201807/article_4.html

縄文文化は広義の「文明」と呼びうるもので、それは大陸のロジックやテクノロジー重視の文明とは異なり、感性や芸術を重視するタイプの文明であったと考えられます。(https://s.webry.info/sp/66575033.at.webry.info/201807/article_3.html

そして、感性・芸術、敬神崇祖の日本タイプの文明にこそ、近未来の世界に果たすべき日本の使命を見出せます。

こうしたとてつもない可能性を秘めた縄文時代への言及が殆どない時点で、ハテナと感じざるを得ません。


【妄説も甚だしき王朝交代説】
他にも、「王朝交代説」に立脚した説を書いているなど、戦後の左翼的な歴史学会の考えに毒されているとの指摘があり、本当だとすれば極めて由々しきことです。

保守が日本通史を書くのであれば、古事記を行間まで読み込んでからにしてほしいです。
何のために、天武天皇が古事記を後世に遺されたのか。
太古や上古、古代にここまで疎いのであれば、歴史書としては「近現代史」に絞ってほしかったです。

戦後の左翼系歴史学会で流行った王朝交代の歴史観では、交代以降は「天孫降臨」の意味が完全に消滅してしまいます。「天皇は万世一系」というのが、古来の保守的な歴史観の根幹です。
歴史の随所で、先人たちは天皇制を守ってこられました。

〈継体天皇①(直前の皇室状況)〉
継体天皇の皇位継承時に何が起こったかを解説します。

応神天皇以降、大陸との関わりが濃くなるにつれ、一時期、天皇制が「力」の論理に毒されていき、本来の天皇の在り方から離れていきました。

雄略天皇はライバルとなる親族を暗殺してまで天皇になりますが、これは、大陸的な「力」の論理の極みです。

そして、武烈天皇に至っては妊婦の腹を裂くなど、天皇とは思えない悪逆非道を行います。

王朝交代説をとる人たちは、武烈の記事はシナ様の桀紂の故事に類似しているから、「易姓革命」が起こったことを匂わしていると主張したいのでしょうが、「姓」は変わっていません。というか、継体天皇に姓があれば示してほしいものです。


〈継体天皇②(天皇の霊威)〉
武烈の後、この家系からは天皇の霊威(みたまのふゆ)は完全に去り、武烈天皇でいったん途絶えます。

これが日本の不思議な点です。

天皇が天皇らしくなくなると、その家系が断絶します。
こうした家系断絶は、コリア仏教大好き飛鳥時代(蘇我時代)にも起こり、コリア仏教かぶれの聖武天皇の時にも起こっています。
私には、国魂の為せる業としか思えません。そして、皇統は断絶することなく、皇族の中から新たな若木が出現して皇統を生い茂らせます。

〈継体天皇③(徳川幕府は交代なのか?)〉
これは、決して「王朝交代」などではありません。

例えば、徳川幕府は8代目の吉宗から家系が紀州徳川家に移るのは誰もが知っていますが、誰も幕府が滅んだとは言いません。
それと全く同じことです。
家系が断絶した武烈天皇の次に即位した継体天皇は、応神天皇の五世孫又は六世孫ですが、これは吉宗が家康の三世孫であるのと同じことです。これで「王朝交代」があったなどというのは噴飯ものです。妄言も甚だしいです。

しかも、初代・神武天皇の時から天皇家に随伴してきた大伴氏と物部氏がわざわざ探し出した皇統がこの継体天皇でした。
これのどこが王朝交代なのでしょうか??

天皇家の随伴氏族がわざわざ皇統を探すなど、天皇制を存続させるのを最優先したとしか思えない行為です。

百田尚樹氏は、古事記を読んでいないのでしょうか??王朝交代か否かは、天皇制にとって決定的に重要なので、慎重に調べるべき項目ではないかと思います。

〈継体天皇④(半島の穢れ→半島撤退!)〉
半島からの穢れが大豪族だけでなく天皇家にまで及んだのが、応神天皇から武烈までの時代でした。
この時代は「倭の五王」の時代として学校で習います。シナに使節を送って○○将軍などに任じられて喜んでいます。
「シナ中心のヒエラルキー型秩序」に毒された時代です。このままいけば、日本もシナ文明の一部に成り下がってしまいます。
非常に重要な瀬戸際だったのです。天皇にまで変調が起こるくらい。。。


英邁な継体天皇が断行したことは、「コリア半島からの撤退」でした。
百済に半島南部の四郡を割譲するなどは謎とされてきましたが、当時の百済や新羅は、高句麗と倭に挟まれたヘタレ小国家ですから、彼らが倭から奪えるはずがありません。日本が半島から撤退する皮切りとして、百済にくれてやったのでしょう。

半島に領土を持つことは、この時代には利益より害が大きくなっていたからです。

昔は国力の基礎となる鉄が半島南部からしか出なかったので、倭は、高句麗の南下を阻むべく、必死に半島南部を守りましたが、日本列島内から鉄が採れるようになって以降は、半島南部は、本当は重要ではなくなっていました。
それなのに、半島介入をしたのは、半島南部に領地や利権をたくさん持っている九州倭人系(葛城、平群、巨勢、紀、羽多、蘇我)が中央政府を掌握していたからです。

なお、継体天皇後の政局は、半島撤退派(大伴氏)と半島利権派(蘇我氏)の抗争になります。

〈継体天皇⑤(日本の大恩人)〉
日本は、この時代に半島から撤退したからこそ、大陸文化に毒されず、シナ文明とは一線を画すことができたのです。(https://s.webry.info/sp/66575033.at.webry.info/201506/article_15.html

その流れの中に、聖徳太子の対シナ対等外交が出てきます。さらに、天武天皇の和魂プロジェクトが出てきます。

1910年以降の日本も、コリア半島とどっぷり関わったから徐々におかしくなってしまったのでしょう。伊藤博文、あるいはアジア主義者の主張していたとおり、「コリア併合」なんて愚かしいことなどやめとけばよかったのです。

〈継体天皇⑥(百田氏の恐ろしい妄説)〉
とにかく、百田尚樹氏の妄説では、
・現皇室は、神武天皇の子孫ではない
・今後も、日本で王朝交代はあり得る
と、二重に許容し難い結論を導き出しますが、その割に根拠が薄弱のようです。

彼は、自分のやっていることの意味(天皇制の破壊)が分かっているのでしょうか?


【その他】
「男系相続」についても理解が浅く、「天皇の親が天皇であること」としていると指摘されています。本当ならば、開いた口が塞がりません。
保守を名乗りたいなら、もっと天皇制について勉強してほしいです。

藤原氏は、藤原男系の天皇(母が天皇家、父が藤原家)を即位させる力も機会も、長期間にわたって有していたにもかかわらず、一度もそんなことをしていません。男系天皇でなければ、天皇にはなれないのです。
おそらくY染色体(神武天皇と全く同一)に霊的な秘密があるのでしょう。



【近現代史バカは、戦後保守の宿痾か】
結局、百田尚樹氏は「近現代史」に軸足を置き過ぎているのでしょう。これは戦後保守に往々にして見られる悪いところです。
彼ら戦後保守は、GHQやシナ、コリアへのアンチとしてアイデンティティが形成されたのかもしれません。

悠久の縄文文明など全く視野にありませんし、なぜか興味もなさそうです。
天皇制についても明治以降の君主化した天皇制しかイメージできないのでしょう。

浅過ぎないでしょうか。

それでは、近代文明を超克できませんし、夏目漱石に代表される明治以降のエリートが陥ったジレンマである日本文明と西洋文明のギャップを克服できません。
百田尚樹氏の歴史観が広まったところで、夏目漱石の煩悶したジレンマを再生産するだけです。

縄文を軽視するのは、日本文明だけが持つ可能性を小さくしてしまっています。

それどころか、皇統断絶や王朝交代といった恐ろしいこと、日本が日本でなくなることまで許容しかねません。

今のところ、雑学的に読む価値はあっても、真剣に読む価値はない本だと判断せざるを得ませんので、購入を躊躇しています。


【オマケ(リベラル左翼は論外)】
最後に付言するならば、日本国紀に対するリベラル側の反論・批判は、言葉尻を捉えた極めて表層的なものでしかなく、論ずる気にもなりません。

リベラルや左翼の救いようのない頭の悪さは先進国各国の心ある人々に問題視されていますが、戦後保守はそれより少しマシな程度なのかもしれません。

自らの論理矛盾や非現実性に気づかないのは困ったものです。

人は普段相手にする人に似てくると言われます。彼ら戦後保守は、リベラル左翼やシナ・コリアを批判することを主たる活動にしてきたので、結局、リベラル左翼やシナ・コリアに似てくるのでしょう。
そして、劣化。。。

【戦後保守とは違う新保守】
なお、上念司氏、倉山満氏、江崎道朗氏、奥山真司氏、渡瀬裕哉氏、河添恵子氏、竹田恒泰氏といった新世代保守は、上の世代による偏向情報に騙されない「リアリスト」と言うべきで、戦後保守の部類には入らず、大いに期待しています。

保守は、
・旧保守(戦後保守)
・新保守(ネット保守)
に分けて考えるべきだろうと思います。

百田尚樹氏は、旧保守と新保守の間に落ちた存在だろうと思います。

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