神はローマを罰しなかった。なぜ?
ユダヤは、これまで二度神殿を建設しています。
一度目は、今から約3千年も前のソロモン王の時。
その後、BC6世紀初頭のユダ王国の滅亡・バビロン捕囚の際に破壊され、その70年後にペルシアがユダヤ人を父祖の地に戻すという善政を行ったときに、再建されました。
そして、ローマ帝国時代、キリスト没後の少し後に再度ローマ帝国によって破壊されます。紀元1世紀のことです。
私は聖書の神というのは大変力のある神だと思っています。(別に信仰してませんが。)
なのに、神殿破壊後のローマ帝国は神の天罰を受けるどころか、版図を拡大し、何百年も繁栄を続けます。
これは、ヒゼキア王のような生き方をするユダヤ人をこそ、神は罰したということです。
神自身が手を下すのではなく、ローマ帝国を使ったということです。
このときのローマ帝国は神の道具に過ぎず、神は歪んだ信仰を続けるユダヤ人に対して激しく怒ったのです。(よく怒る雷親父です。)
このことの意味は深いと思います。
ノブリス・オブリージュじゃないですが、選民にはそれ相応の責任があります。
神が選んだ民族であるのに、その選別を誤解し、他民族を蔑視し、自ら目に見えぬ存在の前に謙虚になることを忘却していたことへの罰です。
神に選ばれた民族は率先して、敬神・感謝の生き方をすべきであるということなのでしょう。
ただ、彼らの同胞の国である日本に、彼ら国際ユダヤのほっとする言葉があります。
それは「悪人正機」です。悪人は悪を深く自覚し、目覚めるならば、高みに登ることができるという意味です。
「終末」と言われる人類の節目においては、国際ユダヤの「悪人正機」が起こるんじゃないかと思います。
そして、そのきっかけは、ハルマゲドンとか言われていますが、そんな物騒なものじゃなくて、彼らの同胞である日本人(古代イスラエル人の末裔)が道徳的に覚醒することではないかという予感がしています。(また、伊勢の外宮に祀られる神は、一説ではユダヤの神・ヤハウェと同じだと言われ、国際ユダヤが、日本の伊勢の外宮で神気に触れることで、「悪人正機」のきっかけとなるのかも知れません。)
そしてまさに現代、、、安倍さんの戦後レジームの脱却の重要な柱である道徳教育。
歴史から断絶された戦後世代が、戦後レジームからの脱却を成し遂げることによって、日本人の徳性を蘇らせることになり、それが国際ユダヤの覚醒をもたらし、人類の平和へと続く大道が開かれると夢想すると、何だか物凄い時代に生まれたもんだと思います。
つまり、聖書に言う再臨のキリストとは日本人の総体のことであり、我々が迷えるユダヤ人を救うことになる聖書に預言された民族であるとするならば、聖書を読んでいる数十億の人類にとってむちゃくちゃ驚きでしょう。(信じたくない人も沢山いるかも知れません。)
終末においては、失われた10部族がイスラエルに行くとされています。
一方、エルサレムの黄金の門はメシア再臨の時まで閉ざされ、再臨のときにメシアがここから入城するとされています。
この二つは、同じ現象のことを言っている可能性があります。(メシア再臨=日本人の覚醒)
失われた10部族の末裔である日本人の代表集団(皇室?)が、エルサレムの黄金の門から入城するという象徴的シーンを見ることになるかも知れません。
と妄想はいくらでも広がりますが、日本人の覚醒という点では、まだ始まったばかりです。
保守の論調が強くなり、戦前以前の2000年間の精神文化と連続性を取り戻しつつありますが、まだまだでしょう。
最終的には、縄文時代から大切にしてきた敬神崇祖の文化が復興することが、日本人の覚醒の鍵だとおもいます。
近くの神社に感謝のみの参拝をし、先祖に感謝のみの供養を捧げることで、日本人は人類の存続にとって重要な覚醒を続けると思います。
一度目は、今から約3千年も前のソロモン王の時。
その後、BC6世紀初頭のユダ王国の滅亡・バビロン捕囚の際に破壊され、その70年後にペルシアがユダヤ人を父祖の地に戻すという善政を行ったときに、再建されました。
そして、ローマ帝国時代、キリスト没後の少し後に再度ローマ帝国によって破壊されます。紀元1世紀のことです。
私は聖書の神というのは大変力のある神だと思っています。(別に信仰してませんが。)
なのに、神殿破壊後のローマ帝国は神の天罰を受けるどころか、版図を拡大し、何百年も繁栄を続けます。
これは、ヒゼキア王のような生き方をするユダヤ人をこそ、神は罰したということです。
神自身が手を下すのではなく、ローマ帝国を使ったということです。
このときのローマ帝国は神の道具に過ぎず、神は歪んだ信仰を続けるユダヤ人に対して激しく怒ったのです。(よく怒る雷親父です。)
このことの意味は深いと思います。
ノブリス・オブリージュじゃないですが、選民にはそれ相応の責任があります。
神が選んだ民族であるのに、その選別を誤解し、他民族を蔑視し、自ら目に見えぬ存在の前に謙虚になることを忘却していたことへの罰です。
神に選ばれた民族は率先して、敬神・感謝の生き方をすべきであるということなのでしょう。
ただ、彼らの同胞の国である日本に、彼ら国際ユダヤのほっとする言葉があります。
それは「悪人正機」です。悪人は悪を深く自覚し、目覚めるならば、高みに登ることができるという意味です。
「終末」と言われる人類の節目においては、国際ユダヤの「悪人正機」が起こるんじゃないかと思います。
そして、そのきっかけは、ハルマゲドンとか言われていますが、そんな物騒なものじゃなくて、彼らの同胞である日本人(古代イスラエル人の末裔)が道徳的に覚醒することではないかという予感がしています。(また、伊勢の外宮に祀られる神は、一説ではユダヤの神・ヤハウェと同じだと言われ、国際ユダヤが、日本の伊勢の外宮で神気に触れることで、「悪人正機」のきっかけとなるのかも知れません。)
そしてまさに現代、、、安倍さんの戦後レジームの脱却の重要な柱である道徳教育。
歴史から断絶された戦後世代が、戦後レジームからの脱却を成し遂げることによって、日本人の徳性を蘇らせることになり、それが国際ユダヤの覚醒をもたらし、人類の平和へと続く大道が開かれると夢想すると、何だか物凄い時代に生まれたもんだと思います。
つまり、聖書に言う再臨のキリストとは日本人の総体のことであり、我々が迷えるユダヤ人を救うことになる聖書に預言された民族であるとするならば、聖書を読んでいる数十億の人類にとってむちゃくちゃ驚きでしょう。(信じたくない人も沢山いるかも知れません。)
終末においては、失われた10部族がイスラエルに行くとされています。
一方、エルサレムの黄金の門はメシア再臨の時まで閉ざされ、再臨のときにメシアがここから入城するとされています。
この二つは、同じ現象のことを言っている可能性があります。(メシア再臨=日本人の覚醒)
失われた10部族の末裔である日本人の代表集団(皇室?)が、エルサレムの黄金の門から入城するという象徴的シーンを見ることになるかも知れません。
と妄想はいくらでも広がりますが、日本人の覚醒という点では、まだ始まったばかりです。
保守の論調が強くなり、戦前以前の2000年間の精神文化と連続性を取り戻しつつありますが、まだまだでしょう。
最終的には、縄文時代から大切にしてきた敬神崇祖の文化が復興することが、日本人の覚醒の鍵だとおもいます。
近くの神社に感謝のみの参拝をし、先祖に感謝のみの供養を捧げることで、日本人は人類の存続にとって重要な覚醒を続けると思います。
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