戦前の「左傾化」とランドパワー化について

戦前日本は、軍部が主導して「統制国家」を形成しました。

これは、二つの要因が働いていると思います。

一つは、これまでも指摘してきたところですので詳しくは触れませんが、1920年代の超格差を背景にした「左傾化」です。

軍国主義は、統制経済、自由・民主主義の抑圧など、その特徴は左翼であり、ソ連型の政体と見るべきでしょう。


【大陸統治の副作用】
もう一つ最近思うのは、「大陸統治」によるランドパワー的な統治原理への変質です。

これは試論レベルで、まだまだファクトを集めないと精緻な立論はできませんが、寡聞にして、こうした観点からの軍国主義の分析は聞きません。
そもそも、地政学と政体を結びつけた議論自体があまり聞かないので仕方ないのかも知れませんが。。。


〈ランドパワー国家の政体の特徴〉

「ランドパワー」であるシナとロシアなど大陸内部に本拠を置く国家は、なぜか、ルールよりも力を重視し、中央集権的になりやすいです。中欧ドイツも半分「ランドパワー」です。

これらの国家は、20世紀に、共産主義又は国家社会主義という左翼的な統治体制を整えました。

ソ連崩壊後のロシアも、エリツィン時代はさておき、プーチン時代になってからというもの、政敵暗殺、メディア統制など、自由と民主主義の政体とは程遠い状態にあります。

また、米国のリベラルに多かったパンダハガー(親中派)たちは、「経済発展すればシナは民主化する」と信じ込んできましたが、
習近平が独裁化するのを見るに及んで、ようやく自らの迷妄に気づいたようです。
今や、民主党の反中派(ドラゴン スレイヤー)は9割に上りますし、リベラルメディアも反中です。

ランドパワー国家は自由と民主主義に価値を見出さず、陰険な権謀術数にこそ大いなる意味を見出します。


〈シーパワー国家の政体の特徴〉

一方、「シーパワー」である、海洋重視の国家(アメリカ、イギリス)は、自由と民主主義、そしてルール(←自分たちで作ったり変えたり)を重視します。

近代を開拓した「西欧(特にイギリス)」と、それを継承発展させた「アメリカ」が、「シーパワー」の典型です。
近代文明とは、「シーパワー」的な文明とも言えるだろうと思います。


〈明治国家はシーパワー的〉

明治国家は海の経験から始まった側面があります。
・長州の四国艦隊砲撃、薩摩の薩英戦争で海軍の重要性に気づいた時、
・勝海舟や坂本龍馬の海軍学校で日々新たな発見をしていた時、
・幕末に薩長の志士たちや、将軍の弟に随行して渋沢栄一が欧州で見聞を深めた時
から、本格的な幕末維新は始まり、

船旅で欧米を見聞した岩倉使節団が中枢になって明治国家が形成されました。

「シーパワー」的な国家を志向したと思います。

明治維新の10年後くらいからは早くも自由民権運動が始まり、その約10年後には、自由権を定めた憲法が制定され、民主主義の議会が開設されます。

シナが中華民国以来、未だに自由と民主主義が導入されないのとは好対照です。

脱線ですが、今のシナは侮れません。
保守が殊更に取り上げる重厚長大産業は大きな痛手を負って長い不況のトンネルに突入していますが、

未来型産業(AIや5G、再生可能エネルギー(脱石油)、電気自動車など)への莫大な投資は心底怖るべきものがあります。

日本はイノベイティブな若者の発言権が弱く、頭の古い中年以上が大変化の勉強をしないので、3周遅れで、「後進国」になりつつあり、もはや「技術立国」ではなくなっています。
百年前のシナを嗤っているうちにこのザマであることは、肝に命じた方が良いでしょう。

今の「変われない日本」を見ていると、かつての清を見ているような錯覚にとらわれるのは、私だけでしょうか。


〈日韓併合、そして満洲事変~ランドパワー化の加速~〉

話を戻します。
明治国家は「シーパワー」的でしたが、
朝鮮半島の統治(統治と膨大な資産形成)と満鉄経営で北東アジア(大陸)にのめり込んだ頃から、
日本の中で「ランドパワー」的な志向性が急速に育ったように思えます。

この流れは、1931年の満洲事変で加速したようです。

満鉄経営では、シナ人の匪賊に悩まされ、シナ人を統制する必要に迫られました。

大陸シナ人を統治するというのが「ランドパワー」化への道です。

そもそも大陸シナ人は、「ランドパワー」的な統治でなければ、統治できませんから。。

劣化「シーパワー」の日本政府の国際ルールを遵守した手法では、満洲問題(邦人へのテロ)をコントロールできなくなり、
「ランドパワー」化していた関東軍が、邦人保護を一つの目的として、暴発的に問題解決に踏み出しました。

「ランドパワー」化した「力重視」の関東軍から見れば、当時の「ルール重視」の日本政府には違和感しか感じなかったのでしょう。

(注1)関東軍には、もちろん「邦人を保護せねば」という義侠心もあったし、「なかなか近代化できないシナ人を近代化させたい」というロマン(石原莞爾)もあったことは、彼らの名誉のために付言しておきたいと思います。ただ、ロマンで戦争されたらたまったもんではありませんが。。。

(注2)また、骨の髄まで「ランドパワー」であるシナが残虐で大量殺戮を厭わないのに対し、日本は国内も陸軍も、そうした傾向はありません。コリアン性奴隷だけでなく南京虐殺も捏造だと指摘されています。これも、庶民である兵隊さんたちの名誉のために言っておく必要があります。


満洲事変は、日本国内における「ランドパワー」勢力が、それまでの政府の行動原理(劣化したシーパワー原理)を無視して突っ走ったものと整理できるだろうと思います。
民主的政府によるコントロールを無視して、力に訴えかけたわけですから、そう言えます。

そして満洲国が建国され、今度は満洲国の安全を守るために、陸軍は北支に介入し始めます。
こうして、大陸陸軍は、どんどんシナ大陸の深みにはまり、「ランドパワー」化する道を歩んでいきます。

陸軍がシナ大陸の泥沼にはまっていったことはよく指摘されていますが、
その副作用である日本の「ランドパワー」化については聞いたことがありません。

シナ史において、北方民族がシナ大陸を統治するようになって変質した(シナ化)というのはよく言われることです。

日本も満洲事変以降、シナ大陸の深みにハマるにつれ、同様に、深部が変質していきました。

これが、戦前の軍国主義化を考える上で、決定的に重要であると考えます。

日本の中枢部では、満洲事変以降の1930年代、陸軍が「統帥大権」を振りかざして「憲政の常道」というルールよりも、力を重視し、実権を掌握していきます。

30年代後半の統治など酷いものです。
私は保守だと自認していますが、30年代以降の軍部統治を美化することには徹底的に反対です。シナ、アメリカ、日本それぞれで策動したコミンテルンは悪辣非道ですが、日本の軍部も悪かったと思います。

そして、ついに40年には大政翼賛会が結成され、民主主義は完全に停止されます。共産国家と何が違うのでしょうか。
民主主義は自由を守る装置ですから、民主主義の停止は自由の死を意味します。

この時代を生き切った庶民は、それだけで偉大だと思います。彼らが戦後、軍部の復活を嫌ったのは当然です。「ランドパワー」的なものは、日本社会に合いません。


以上まとめると、
・大陸で「ランドパワー」化した陸軍が、
・彼らの感じていた明治国家の「シーパワー」的な統治原理への「違和感」を解消すべく、
・自ら実権を掌握していき、
・日本は「ランドパワー」国家、つまり自由・民主主義を抑圧する国家へと変質します。

要は、満洲事変以降、日本が急速に「ランドパワー化」したのでした。
これは明治国家とは異質なもので、その由来するところは、「大陸統治」による、深部における統治原理の変質であったと考えられます。

そして、先述のとおり、ソ連、共産シナ、ドイツに見るように、「ランドパワー」と「左翼思想(独裁)」は親和性が高いです。

こうして左翼思想を指導原理とするランドパワー国家へと、日本は変貌してしまいました。

左翼・ランドパワー政体では、人民の考えを軽視して「認識」は中央が作り、人民に従わせるという行動原理を人民に押し付けます。白を黒、黒を白と言うのは日常茶飯事です。

中央(究極は独裁者)に従わなければ、粛清されてしまいます。

これは、古くはシナの朱子学、近くは共産主義の統治原理です。今のシナ、南北コリア、ロシアがこれに当たります。
トランプは独裁者タイプですが、彼はドイツ系です。

もし、軍部の高官やホープに素養があって、大陸陸軍がランドパワー化していることを洞察できる人たちがいれば、
明治の先人たちが敷いた道を外れないように細心の注意を払ったことでしょう。

残念なことです。

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