日本の使命(大陸型文明とは異なる日本型文明)

大陸の文明は、エジプトもメソポタミアもインダスもテクノロジー重視で、なぜか突如として高度なテクノロジーを持った状態で出現しました。そして、その技術維持のため、文字は必須でした。

一方、日本の文明は、世界最古の土器を作ったにもかかわらず、自然を敬愛し、感謝を捧げることに基盤を置いた独創的な文明です。土器の模様はあっても文字はありませんでした。

前者をひっくるめて「大陸型文明」、後者を「日本型文明」と呼べるほど、文明の根幹的な部分が違うように感じます。

これまでは、前者だけが「文明」と呼ばれ、後者は文化と呼ばれてきました。しかし、後者を世界的に特異な「文明」と捉え直してもよいのではないかというのが、このブログ記事の提案です。


戦後の有識者は概して、日本独自のものを見下し、あらゆる文明的なものは大陸から流入したという認識に囚われてしまっています。
そして、日本古来の精神文化をアニミズムと同一視し、原始的で未開性の象徴だと誤解しています。

しかし、大陸の文明を消化して日本的なものに作り変える力はどこに由来するのでしょうか。
アフリカン、ネイティブ・アメリカン、ニューギニア人、アボリジニ、マオリなどアニミズムがあった民族で、大陸文明を消化して変容させるということは起こったでしょうか。。聞いたこともありません。

「大陸型文明が流入する以前から、日本には、日本型の高度な文明が存在している」という仮説に立って初めて、この違いを説明できると思います。未開のアニミズムなどではないのです。文明の型、あるいは文明の原理と呼ぶべきものがあったのです。
縄文時代に高度に洗練されてきたのが「日本型の文明」だと捉えるべきでしょう。

日本は明治以降、西洋文明を受容し、テクノロジーを重視してきました。それでなければ、列強に呑み込まれ、生き残れなかったからです。

当時の日本人が日本型文明とは異なる大陸型の西洋文明を消化できたのは、既に古代に何百年もかけて、大陸型文明の一種であるシナ文明を消化した経験があったからです。
消化したばかりか、ひらがな、カタカナという表音文字を発明し、和歌や神話伝承を残し、また高度な論理体系である仏教も鎌倉時代になると、毎日の勤行という形で超シンプル化しました。仏教の中でも禅は親和性が高く、茶道や武道の基盤に禅を置きました。

古代は和魂漢才が上手くいきましたが、近代は、必ずしも「和魂」が残ったとは言い難い面があります。

特に戦後生まれ世代は西洋化してしまい、鎮守の神社に手を合わせる、先祖に手を合わせるといった、日本文明的には極めて重要な根幹的な生活スタイル~つまり目に見えないものにただただ感謝を捧げるという根本~を無視してしまっているのではないでしょうか。
そのせいか、まだ西洋文明を変容させきっていないと思います。

このブログで何度か書いたように、縄文以来の日本文明の基盤は「敬神崇祖」です。とてもシンプルです。
ノーベル賞を受賞された大村智氏が色紙に「敬神崇祖」と書いておられたのはさすがだと思いました。あれで「敬神崇祖」が流行になると思ったのですが、今のところは淡い期待に過ぎません。

神社に参拝する人も昔に比べたら少しは増えましたが、まだまだ少ないと感じます。それに、神社で手も口も洗わず、お願いのために参拝しているような人もいます。神さまに欲をぶつけて恥ずかしくないのかなぁと思います。

これからの日本、世界に貢献できるとすれば、「敬神崇祖」の文明原理だと思います。


春日大社の元宮司の葉室頼昭氏は、あらゆる人間活動は神様の素晴らしさを讃えることに収斂するということを言っておられます。

科学的知識は、単なる知識ではなく、太陽や大地、空気、水のありがたさ(←全て、お伊勢さんにこれらに感謝を捧げる神社があります。)を感じるという域に到達して初めて、日本文明的な意義を持ってくるのだと思います。
この地球という生命に溢れた環境が奇跡であり、それだけで有り難い、何か目に見えない存在に感謝したい、というのが、日本文明的な捉え方だろうと思います。

これは、聖書的な、原罪意識で縛るという在り方とは全く違います。それは人間を信用せず管理する、という発想につながります。
日本文明は、感謝を捧げるという原理に基づいています。

この違いは、地球との接し方で大きな違いを生ずると思います。


科学は科学のために存在している(科学が自己目的化する)のではなく、神様への感謝を深めるための道具だという発想こそ、日本文明的と言えます。

何を眠たいことを言ってるのかと思うかも知れません。
しかし、人間の産業技術も、掘り下げると9割は自然が作ってくれた原材料を活用し、残り1割を人間が改造して活用しているだけです。

太陽と微生物がなければ、石油は生まれませんでした。人間は、これらが生んでくれた石油を燃料や石油化学製品の原料としているだけです。
鉄など金属に至っては、巨大な恒星の中で超高圧・高温の環境下で核融合が起こった結果です。人間は未だに元素を自在に作ることはできません。

産業界にとどまらず、我々の日常生活はこれらの自然由来の燃料や原料にお世話になりっぱなしです。これらの燃料や原料がなければ便利な生活は成り立ちません。

自然の恵みを得ているという点で、農業時代と何が変わるのでしょうか。

農業時代は、謙虚に神の恵みに感謝するのを基本にしていましたが、戦後はなぜ謙虚さを失ったのでしょうか。

戦前からエリート層にあった、西洋を上に置く卑屈な発想が戦後占領下で助長され、西洋的な傲慢さ(人間は神の代理人として自然を管理すべきという傲慢さ)に染まってしまったようです。

日本らしくあるキーワードは、「日本文明」あるいは「日本型文明」だと思います。日本人としての誇りと言い換えてもいいかも知れません。また、「敬神崇祖」と言い換えてもいいと思います。

なお、謙虚を捨てて傲慢になった典型が田中角栄の日本列島改造論だったように思います。
麗しい大地に感謝も捧げず、金を生んでくれよと欲望のヨダレを大地に染み込ませながらブルドーザーで聖域を破壊しても何とも思わない、日本は、そんな時代を経ました。これも1970年代以降、顕著になりました。

上の気風は下々に広がります。政治家の、神をも畏れぬ姿勢は、やがて日本全土に広がり、「敬神崇祖」は古臭いものとして捨てられました。

いや、むしろ欲望を神社で神様にぶつける始末です。テレビでも、神社と言えば「○○しますように」と願望を置いてくるのが当たり前の姿として描かれるようになります。
日本全国そこら中が欲望のヘドロに満たされていったのが70年代以降の状態です。
こうして縄文以来何千年も継承してきた「敬神」の伝統は薄れていきました。


「昔は生産(農産物)を天候に左右され、人為的にコントロールできない未発達の状態だから神に感謝した」、つまり「神に感謝するなど前近代の象徴だ」といった発想は勘違いだと思います。

人間同士であれば、9割まで他の人に作ってもらっているという状態があれば、素朴に感謝すると思います。自然と人間の関係はこれと同じです。現代であっても、自然の神々に感謝しない理由はないと思います。

学校でもう少しこうしたことを教えられないものでしょうか。
戦前の軍部が言論封殺のために悪用した国家神道ではなく、目に見えないものの日常的な奇跡や恵みに感謝するといったことです。私は教育の根幹はそうしたことだと思うのですが。。。


話は「敬神」から離れますが、葉室氏によれば、戦後の繁栄は、戦前の人々の陰徳のおかげだとのことです。
戦前の一般の日本人は、陰徳を大切にしていたと葉室氏の本で読んだことがあります。人のためにやったが褒められなかった時は「陰徳を積んだ」と思ってむしろ喜ぶべきという精神文化があったそうです。
戦後の我々は、占領軍やシナ、コリアが捏造した罪なき罪を、恩義ある先人(兵隊さん)になすりつけ、恩を仇で返してきたのではないでしょうか。


広い意味での「崇祖」とは亡くなった先人に感謝することですが、戦後、特に1970年代以後は真反対です。先人を貶めてきました。
それが学歴エリートの基本パターンになっていました。畏れがないとは怖いことで。。

敏感なユダヤ人識者が「日本人は死んだ」という恐ろしいタイトルの本を書いたのは、この時期です。この時期、多くの心ある人は「このままでは日本は滅ぶ」と予測していました。実際、バブル期の狂奔とその後、民主党政権までの衰退は滅んだような状態ではなかったでしょうか。



世界が激流に突入した現代、日本人はそろそろ「敬神崇祖」という日本文明的な「感謝」を文明原理として、意識的に取り戻すべき時期ではないかと思います。
変化の時こそ「原点」が大切になってきます。それがこのブログの基本理念として掲げているものです。


世界に一つだけ、こうした特異な文明を大切にする人たちがいてもいいのではないでしょうか。

もし神意というものがあるとすれば、日本が太古から連綿と続いてきたのは、これからの時代、その特異な文明で何らかの役割を果たすためではないかと夢想します。

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