中臣=アメノ「コヤネ」=コーエン=レビ族

藤原氏(中臣氏)の祖は、ニニギ命の天孫降臨の際に随伴した(アメノ)コヤネです。

この「コヤネ」って一体何なのでしょうか?
小さな屋根?
アメノコヤネは、中臣氏(とそこから派生した藤原氏)の先祖であり、中臣氏はずっと神官の家系でした。
したがって、アメモコヤネも当然、祭祀者であると考えられます。
業績に屋根と関係しそうなものは出てきません。また、神道では屋根を特別に神聖視するような信仰はありません。


ずっと気になっていたけれど、ずっと分からず仕舞でした。
しかし、ふと「コヤネ」に特別意味があるのではなく、「コヤネ」という音が重要なのではないか?と思いました。

ちょうど2年前の2011年2月28日のブログで、中臣氏とイスラエルのレビ族の共通性を書きました。
レビ族は、別名、コーヘン又はコーエンと言います。

コーエンは少しなまると、コヤネになるのではないでしょうか?
イスラエルの地から、はるばる日本に来たわけですから、音韻変化が起こるのは当然だろうと思います。

レビ族というのは、イスラエルの12部族とは別の1部族であり、格別に祭祀を委ねられた一族です。
その祖は、モーセの兄のアーロンです。イスラエルでは、アーロンの子孫が代々祭祀を司ってきました。
このため、土地や生産手段と密接に関わる12部族とは別のものと考えられたのでしょう。

一方のアメノコヤネの子孫の中臣氏も、代々、祭祀で仕えてきました。
おそらく、アメノコヤネ(中臣氏の先祖集団)は、コーエン=レビ族に出自があり、イスラエルを出発して日本列島に渡来する苦難の旅の間も、聖書の伝統的な祭祀をずっと維持してきたのでしょう。

後に、中臣氏の一部、不比等の系統は藤原氏に氏族名を改めますが、レビ族は神に仕え土地を所有しないことになっているので、世俗権力を得て領主にもなるのであれば、氏族名を改めるべきとの事情もあったのかも知れません。
この不比等は不世出の人物であり、日本の律令時代は不比等によって完成させられたと言っても過言ではないですが、彼は仏教にも通暁していました。単に世俗権力者として当時の海外文化を取り入れるツールとして仏教を導入したように描かれることもありますが、彼は深く仏教の哲理を理解していたようです。彼の宗教の哲理に対する深い洞察力というのが何に由来するのでしょうか。
それは、おそらくレビ族としての遺伝の為せる技だったのではないかと思います。

同じイスラエル民族の子孫であるユダヤ人は御存じのとおり、ユダヤ教を奉じ、極めて優秀な頭脳を持っています。それは幼いころからの様々な教育の賜物であると同時に、遺伝も影響していると思います。(後天的に会得する知能は遺伝とは関係ないという説もありますが、やはり密接に関係があると私は思います。)
同様に、イスラエル人のレビ族の末裔の不比等は、当時の僧侶なんかよりもより深く仏教の哲理を理解していたと思います。
それだけでなく、知らずと先祖たちと同様の選択をしていたのではないかと思います。

そもそも日本に渡来したと言われているイスラエルの失われた10部族(紀元前8世紀までの北イスラエル王国の人々御)は、なぜ故郷を去ったのでしょうか。それは、トーラーでは、北王国の人々は「好んで異教を信じたから」と書かれています。それほど、有力な宗教があれば、それを学ぶのが、この失われた10部族の伝統になっていました。
不比等の当時の仏教信者たちは、いろんな高度な技術や知識を持っていました。それは仏教という信仰に理由があるからだと考えた不比等の父の中臣鎌足は、長男(不比等の兄)に仏教を学ばせるくらい、仏教に傾倒していきます。不比等も当然その影響を受けたのでしょう。
こうして藤原家になっていくレビ族の一派は、仏教という異教に手を出して染まっていくことになります。それは先祖からの癖のようなものだったと理解することができます。

イスラエル人というと志操堅固のイメージがありますが、逆に、いろんな信仰に手を出しては、神から罰せられ、懲りずにまた手を出すことを繰り返してきた集団です。レビ族藤原氏派は、まさにこの特徴をよく現わしていると思います。








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