バアル信仰

聖書を読んでいて不思議に思うのは、再三にわたって預言者がバアル信仰を敵視している点です。
バアル信仰とは何か、なぜ古代イスラエル人はバアル信仰に引き付けられたのかと不思議に思い、いろいろ調べたところ、それなりに納得できてきました。

バアル神というのは、イスラエルの先住民であるカナン人(フェニキア人)の信仰であり、バアルとは「主」を意味します。
しかし、このカナン人というのは古代イスラエル人と同じセム系民族です。
セム系民族は何度かにわたって民族移動を繰り返し、カナンの地にも何度かにわたって渡来しました。
古代イスラエル人よりも古くから住んでいたセム系民族がカナン人です。

ということは、古代イスラエル人がセム系民族から分派する以前には、彼らと同様の信仰を持っていたと考えられます。
例えば、旧約聖書では古代イスラエル人の祖アブラハムは息子イサクを神に生贄として捧げようとしますが、バアル信仰では我が子を生贄として捧げ、豊穣(=大地の再生)を祈ります。これは、古代イスラエル人に本来バアル信仰があったという痕跡です。

バアル神は、右手に武器である矛、左手に雷を持っていると言われています。
基本的に乾燥地帯であるオリエント地方では、雨やそれに伴う雷というのは「恵み」であり、素直に神に感謝したことでしょう。
また、乾燥地帯であるゆえに、豊穣の時は、同時に周辺民族からの収奪から実りを守るべき時でした。それゆえ、武器が必要でした。

つまり、バアル信仰とは、乾燥と水の明暗がはっきりしているオリエント地方の素朴な信仰だったと考えられます。
バアルの敵対者はモトという神ですが、この神は乾燥の神です。とてもはっきりしていて素直な信仰です。

カナンに入植した古代イスラエル人がバアル信仰に走ったのは、
・バアル信仰がオリエントの気候に合った素直な信仰だった
・同じセム系民族の古くからの信仰が下敷きにあった
からでしょう。

それ以外にも理由は考えられます。
カナン人は裕福であったとされています。バアル信仰のフェニキア人は、当時の地中海の制海権を掌握し、地中海の富を集めていました。これを古代イスラエル人は羨望の気持ちで見ていたことでしょう。
その富の由来がバアル信仰にあると考え、豊かさを得るために、バアル信仰に走ったと考えられます。

また、古代イスラエル人は混血を厭わない民族でした。旧約の多くの部分に異民族との結婚が出てきます。例えば、モーゼの妻はミデアン人ですし、ダビデにも異民族の血が入っています。
異民族と結婚すれば、配偶者の実家は別の信仰を持っています。カナン定住以降は、先住民はカナン人ですから、その信仰とどう向き合うかという問題に、個々の古代イスラエル人が直面していたと思われます。配偶者の実家の信仰を完全に否定するのは困難でしょう。

つまり、古代イスラエル人が預言者から何度も叱られながらも、バアル信仰に走ったのは、
・バアル信仰がオリエントの気候に合った素直な信仰だった
・同じセム系民族の古くからの信仰が下敷きにあった
・フェニキア(バアル信仰)の繁栄に羨望していた
・先住民との結婚で、配偶者の信仰を否定するのが困難だった
といったことが考えられます。
人間としては、とても理解できる行動です。

でも、彼らの神はこれを憎みました。聖書の神はあまりにも高い存在であり、人々の日常的な悩みの解決や日々の恵みには無関心でした。
ユダヤ教の弱点は、この「日常性との乖離」であると思います。
民族の興隆とか国家の滅亡といった大所高所では機能するものの、人間の日常には殆ど機能しません。神とはそういうものかも知れませんが、この点が、ユダヤ教の弱点です。

人間は日常的な悩みや願望を持って生きている生き物です。
そう考えると、ユダヤ教にはもともと進化の余地が多分にあったということができるでしょう。

その発展形態とは・・・、このブログでも何度か触れてきましたが日本の神道であると思われます。
日本の神道は、古代イスラエルの信仰の発展型ととらえることができます。
日本人となった古代イスラエル人は、偶像禁止などの信仰の「型」は聖書的でありつつ、①太陽信仰、②鎮守神信仰、③先祖供養という信仰の内実を充実させていきました。

古代イスラエル民族の危機時代(オリエントの強国による併吞の危機)に完成したのが、ユダヤ教で、繰り返し繰り返し地球神ヤハウェへの絶対信仰が説かれますが、日本に来た古代イスラエル人はその滅亡という挫折を既に経験した後に、放浪しながらじっくりと信仰を充実させていったのだと思われます。(そのプロセスの中で、先祖供養の東アジア、太陽信仰・精霊信仰の長江文明人との邂逅が大きな転換点で、善良な神霊のおさまる日本への移住が最大の転換点だったと思われます。)

ユダヤ教では、バアル信仰が北のイスラエル王国、南のユダ王国の滅亡の原因だとされますが、そのバアル信仰を経た日本人はこれまで一度も滅亡することなく、独自の文化を保って繁栄しています。

聖書を紐解くときには、この点の重みを吟味する必要があるように感じます。
つまり、本当にバアル信仰のゆえにイスラエルの末裔の国家は滅んだのかという点です。(注:バアル信仰の中の人間の生贄や性的祭儀などは憎むべきものだとしても、それがバアル信仰の本質ではなく、これはおそらく欲心ゆえに混入した魔的な枝葉でしょう。)
むしろ、地球神ヤハウェの意図は、以前のブログで触れたように、「型」は同じで陰陽の関係にあるユダヤ人と日本人を創り出すことだったのではないかと思います。(そして、その意図はほぼ実現されています。この両民族が、近いうちに父母のような役割を果たすと思います。)

なお、伊勢白山道さんのブログによれば、
・バアル神はスサノオ命、
・ヤハウェは国常立太神
であるとあります。
ヤハウェ=クニトコタチ神というのは以前のブログでも触れました。
また、たしかにバアル神についてはウガリット神話に七頭の蛇を退治する神話があるそうです。スサノオ命に似ています。また、スサノオ命は暴風雨の神でもあります。この点も、バアル神とスサノオ命の共通点が見出せます。

古代オリエント地方での展開はここまででしたが、10部族が放浪する途上で、太陽信仰に出会います。
日本の神話では、クニトコタチ神は神代七代の神話としてさらっと触れられるだけで、神々の高天原の「主宰神」は恵み深い太陽神アマテラスオホミカミであるとされ、さらにスサノオ命(バアル神)はその弟で神々から罰せられたとされています。
実は、これこそが10部族の信仰上の大転換であり、10部族が後の日本人の源流となる原因である「発見」だったと思います。ここの古代イスラエルの信仰は、新しく誕生した日本人(当時は原倭人)の信仰へと「進化」します。

また、日常性の欠如は、①鎮守神への非偶像的祭祀、②先祖供養の二つで補われます。
「鎮守の神霊と祖霊が、今を生きる人間の日常を守る」という実践的な信仰が誕生します。これは、ユダヤ教の弱点である日常性の欠如を補うものでした。
これも、古代イスラエルの信仰が、日本人の信仰へと「進化」したものだと考えられます。

このような進化を遂げながら、日本人は形成されたと思います。
その日本人は、元のヤハウェの信仰から大きく離れていながら、日本列島に到着後一度も滅亡を経験したことのない民族です。(第二次大戦後のアメリカの占領をどう見るかという点は課題として残りますが…。)
このことを旧約聖書の預言者たちが聞いたら、卒倒しそうになることでしょう…。再三の主張になりますが、彼らの神の意図は、ヤハウェへの絶対的信仰よりももっと深いものであったと考えられます。

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