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zoom RSS 国政(文部官僚は「戦後レジーム」のまま?)

<<   作成日時 : 2017/06/06 22:10   >>

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【時代の潮流が読めない前川氏】

元文科省次官の前川喜平氏を見ると、彼は日本社会がどう動いているのか、全く理解できていないように思えます。今の日本は50〜100年スパンの潮流の真っ只中にいることを理解できないのでしょう。

学歴エリートの中でも減点主義の中で上がっていく人は、新しい時代の潮流を察知する感性や直感力が乏しいのだと思います。(その文部官僚が担う教育制度ですから、彼らに任せる限りは無限ループ。。。)


彼やその少し上の先輩たち(おそらく彼が直接薫陶を受けただろう人たち)がキャリアを積んだのは、1970年代〜の安全保障や国益が軽視される歪んだ「言論空間」が支配した時代です。
とにかくリベサヨや文教族との間で問題を起こすと、出世の芽が絶たれたと想像できます。


【「日教組」という癌】

人は、付き合わざるを得ないステークホルダーに似てくると言います。文科省の場合、日教組やそれに支持された野党に似てくるのでしょう。

日教組は、本質論や国家よりも権利です。特に「国家」は嫌いです。
70年代〜顕著になった潮流のほぼ中心にいたのが日教組です。羽仁進の父親である羽仁五郎が創設者ですが、彼は日本を日中戦争・日米戦争に誘導したコミンテルン工作員のエセ保守・尾崎秀実の親友です。
つまり、日教組は、今に至るリベサヨの本丸を構成してきた団体です。この点は、前川氏の行動の背景を考える上で見落としてはならない点だと思います。

本来、教育は「国家百年の大計」で、本質論こそ大切です。教育行政を担う官僚は、努めて哲学的であらねばならないはずです。

明治の精神は正にそうでした。これこそ、本来の文部官僚のあるべき姿でしょう。

しかし、現代の文部官僚はどうでしょうか。
仮に熱意に燃えて文科省に入った若者がいたとしても、長年、日教組から攻撃され、国会でも同じ攻撃を受け続けるうちに、身を守る術として、徐々に日教組と似たような思考・行動パターンを身に付けるのではないかと思います。

つまり、日本を衰退させたい日教組、さらにはそれを画策した旧ソ連や、その密命を受けた社会党左派(コアは日本共産党の内紛に敗れた反日コリアン)の思い通りの状況です。


【「日教組」をバックに持つ民進党と同調しただけでは?】

その結果、「国家百年の大計」はどこかに置き去りになって、ある程度リベサヨに波長を合わせるのが習い性になってしまうと思います。


前川氏が今、リベサヨ勢力と結託して官邸に楯突いているのは、出世志向の強い文部官僚が陥りがちな、そういう根深い構造があると、私は感じます。
日教組と社会党左派→民進党という流れと見事に同調してしまっているのです。


【気骨というより、単なる抵抗勢力では?】

「本質論」では、岩盤規制を破るための特区はトップ(総理)の決意で既成勢力を揺さぶるものです。にも関わらず、「官邸の最高レベルの意向」ペーパーがあったと言って、官邸に挑んでいる気になっている前川氏は、やはり「本質論」を置き去りにした文部官僚の悪弊を証明しているようなものです。
こんな人に、未来の日本を開拓する人材を育てる教育制度が作れるとは全く思えません。

前川氏は「気骨がある」と言われていますが、日教組や文教族に配慮して予算を守っただけではないかと思います。

また、その文脈で「あったことを なかったことにする わけにいかない」という彼の言葉を喧伝しようとするリベサヨがいます。
しかし、「あったこと(天下り関与)を なかったことにする(隠蔽操作)」を指揮をしたのは彼ではないのでしょうか。


さらに、彼が今騒いでいるのは、次官をクビにされたことへの「私怨」に加えて、国家戦略特区という規制改革への「抵抗勢力」としてのビヘイビアだとしか思えません。
彼が次官にまで登りつめたのは、「抵抗勢力」としての彼への論功行賞だったように思えてなりません。


【「国家」なき文部官僚の代表格では?】

そこに、「国家百年の大計」の「国家」はどこにあるのでしょうか。ロマンを失ったリーダーに、若者を引き上げる力はないでしょう。官邸は、彼に次官を辞めさせて正解です。

(注)なお、そもそもリベサヨは「国家」の語を嫌います。文部省がダメ役所だから、いざというときに自分や家族を守ってくれる存在である「国家」という概念は、戦後世代には定着していません。多くは、「国家」という言葉を使うことにも抵抗があり、「社会」という自然発生的な集団という語感のある語を使いたがります。


70年代〜の風潮の中で評価されてビヘイビアを叩き込まれて登りつめた前川氏に代表されるような、古い文部官僚には「国家百年の大計」を委ねることは、絶対に不可能でしょう。

当然、「国家百年の大計」を重視する現官邸はそこにイラついていると考えられますから、前川氏に連なる人脈は、今が絶頂で後は下るしかないだろうと思います。しかし、今の文科省にそれに代わる人材がいるのでしょうか。。。

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