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zoom RSS 皇室E(旧宮家の復活は突飛ではない(継体天皇の故事))

<<   作成日時 : 2017/05/24 00:37   >>

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歴史に照らせば、紀元6世紀初頭の武烈天皇の御代、皇継が途絶え、遥か昔の応神天皇の六世孫であられるヲホド王を擁立しました。継体天皇です。その御名の通り、体を継ぐものとして擁立されました。
この時も女系はいたのですが、天孫降臨から天皇家に随伴した大伴氏らは、男系にこだわり抜きました。女性宮家とか女系天皇なんて発想はありません。
天孫降臨以来、天皇家に仕えた者にとって「体を継ぐ」ための必須の要件は「男系であること」であり、それが満たされていれば、現皇族とどれだけ離れていても可だったわけです。

(注1)商家であれば、優秀な婿養子を入れて存続させるという発想は古来あります。しかし、それは財産相続が目的であり、また才覚が重視される世界です。これと天皇家を同列で扱うのは、「最高神官」という天皇の本質を知らぬ者の妄言です。

(注2)古代イスラエルの祭祀部族であるレビ族は、モーセの兄のアロンの男系子孫です(当然、モーセとY染色体は同じ。)。神官の世界では、男系(Y染色体)は重要な要素のようです。


実際、当時の大和の中央政治には不利な人物であったらしく、継体天皇は即位されてから大和入りまで、二十年近くもかかっています。
それでも、頑固に「男系」なのです。

継体天皇は、殆どの豪族が「皇室」とは思っていなかったような人物であったのでしょう。

なお、儒教が公式に伝来するのは、継体天皇の御即位の後ですから、この「男系」は、儒教なるチャイナ思想が入る以前の日本古来の伝統である点、重要です。


こうした歴史に照らせば、六世孫までは、伝統を逸脱することなく許容範囲です。継体天皇のように、殆どの者が皇室と思っていなかった人物ではなく、準皇族的な世界で育ってこられた方がたくさんおられますから、旧宮家から皇族への復帰こそが、皇継問題を解決する王道でしょう。




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