大祓の国

アクセスカウンタ

zoom RSS 短かった?コリアの春A(民主主義の成立要件)

<<   作成日時 : 2017/03/24 21:07   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

【コリアの春はなぜ長続きしないのか〜民主主義の成立要件】
ここまで長々と書いたのは、なぜ「コリアの春」は長続きしないのかを通して、民主主義が成り立つ条件を考えたかったからです。

日本統治時代のうちのはじめの30年間と戦後のごく短期間が、与えられた民主主義の時代であり、その後、40年間にわたって独裁が続きます。そして、自由民主主義陣営の自覚の下で自ら勝ち取った今の民主主義の時代も30年間程度でそろそろ終わりを告げます。

結局、ごく一部の者が「認識」を創り、事実を軽視するような社会では、民主主義の意味は薄れてしまいます。「認識」の混乱が起こりうる状況下では、民主主義よりも独裁を選択する欲求に勝てません。
これは、後述するように朱子学の影響であると考えられます。


(イスラム文明圏とチャイナ文明圏)
イスラム世界でも、多少似ています。
イスラム世界では、シャリーアと言われるアッラーが与えたイスラム法を遵守する必要があり、社会に生ずる様々な行為がこのイスラム法に照らして適法なのか否かは、一部の宗教的権威のみが判断できます。
つまり、「認識」を形成する力は一部の権威にのみ与えられています。

チャイナ社会は、約4千年前の夏王朝の昔から天命を受けた者が皇帝として統治するという伝統を有する社会です。
これも、統治者のみが「認識」を形成する権限を与えられています。

チャイナ社会とコリア社会は主たる人種が同じ(Y染色体O3グループ)であるためか、社会の根底は同じで、チャイナ文明圏に属し、「人治」の朱子学を理想としましたから、宗教的な権威が存在するイスラム諸国よりも、無規範で凄惨な独裁政治が横行しがちです。

この点、人類史に他に例を探すなら、宗教否定の共産主義国家が最も類似しています。
毛沢東が共産主義を選択したのは、自由と民主主義はチャイナに根付かず、人治独裁の共産主義の方がチャイナ文明圏との整合性があると喝破したからかもしれません。

清末に、国内のキリスト教徒とイスラム教徒を大量虐殺(一説では1億人)したのと、毛沢東時代に何千万人もの人間が粛清や飢餓で命を奪われたのは、とても似た現象であり、連続性が感じられます。


同じ独裁志向の社会であっても、チャイナ文明圏とイスラム文明圏では、その様相は異なります。

ただ、「認識」を形成する権限が一部の者に委ねられるという点では両文明圏は類似しており、民主主義は機能不全に陥り、さらに独裁的な統治が横行するようです。

南コリアにおいては、「根源的な認識」である『反日』が確立するまでの約40年間は独裁的な政治が続きました。これからは、目を背けたくなる現実に直面せざるを得ず、そのため、「認識」が混乱する時代が到来するので、これから独裁に戻るでしょう。

また、どんなに悲惨な社会であっても北コリアの方に正統性があると、南の人々が考えてしまうのは、チャイナ文明圏に属するから、人治独裁に正統性を感じてしまうからではないかと考えられます。

(注)この点、金王朝があと何百年も続けば、金氏は天皇のような存在になるという考えは、文明史観的な見方を無視した浅見だと思います。李氏朝鮮は5百年もの長期間、コリア半島を支配しましたが、その王族が天皇のような存在になることは全くありませんでした。


イラクやリビア、シリア、エジプト、サウジアラビア、ヨルダンなどのイスラム諸国では、独裁か君主制です。
世俗主義のトルコと、宗教的権威と大統領以下の政治の役割分担を確立したイランのみが民主主義が定着しました。いずれも非アラブです。

(注)民主化した両国は、日露戦争の日本勝利に刺激を受けた国であるのは興味深いことです。また、イランは欧州やインドと同様、古来、民会で意思決定をしてきた印欧語族である点も興味深いことです。


チャイナは、赤い皇帝又は集団指導体制による独裁です。共産チャイナだからではなく、国民党の時代も同様でした。国民党を創設した孫文も、民主化はずっと先だと明言しています。


(カトリック・プロテスタント文明圏)
一方、民主主義が進んだ欧米諸国の場合、例えば西欧ではカトリックの宗教的権威の失墜と世俗権力の裁量拡大というプロセスを経た後、民主化が行われています。カトリック諸国もそうですが、この傾向はプロテスタント諸国(イギリス、オランダ、北欧)で顕著です。
東欧諸国(カトリック信仰)も、西欧よりは遅れましたが、概ね類似しています。
アメリカは西欧プロテスタント諸国の成果を継承した中で、民主主義を更に発達させました。

また、西欧諸国の場合、古代の民主政治が定着していたギリシア・ローマの文明も継承しており、東ローマ帝国とは異なり、皇帝の権威強化はごく短期間に過ぎないまま瓦解しました。


(正教文明圏)
しかし、皇帝が宗教的な権威者を兼ねていたロシアやバルカン諸国(正教信仰)では、民主化は進まないまま、一党独裁の共産主義の国家になりました。
このため、これらの諸国では、今は民主化の途上にあると見るべきでしょう。


(日本文明圏)
日本は、早くから権威者である天皇と、藤原氏や武家などの世俗権力者が分離されていた上、織田信長以降の近世には政教分離が進みましたから、明治維新後の自由民権運動により、民主化が進みました。

日本文明に一部憧れを抱く層がいる台湾でも、民主主義は定着しました。


(インド文明圏)
世界最大の民主主義国家であるインドの場合、イギリスからの独立時に、民主主義は当然の如く導入されました。
インドはイランと同様、古代の民会のあった印欧語族に属し、宗教的権威と世俗権力は、バラモン階級とクシャトリア階級という形で役割分担がなされていました。この点、宗教的権威と世俗権力の役割分担が確立しているイランと似ていて興味深いです。
バラモン階級は一神教の宗教的権威とは異なり、世俗にうるさくなく、むしろ隠遁者や呪術師の類です。日本の出家や真言密教の僧侶がイメージとしては近いです。
このため、世俗主義とぶつかることも滅多になく、バラモン僧侶が政治に口を挟むことなど聞いたこともありません。

つまり、インドは伝統的に「認識」の形成を一部の者のみが担うという社会ではないです。


(その他)
他に、東南アジア(劇場国家?)、中央アジア(遊牧民文化)、中南米(カトリック)、アフリカ(部族文化)の諸国がありますが、分析するほどの知識を持ち合わせていませんので、このへんで留めたいと思います。


(まとめ)
チャイナ文明圏やイスラム文明圏のように、一部の者のみしか「認識」の形成が出来ない社会では、民主主義は定着せず、独裁が一般的だと、一応結論づけることができそうです。

今の南コリア社会は、パククネ弾劾を見ても、法を無視しており、「法治」を軽視又は無視して「人治」が横行する本来のチャイナ文明圏に戻りつつありますから、この点からも、早晩、独裁政治になると考えられます。

「コリアの春」というべき30年間は、自由と民主主義の権化アメリカの強い影響下にある条件下で、従北左翼(金大中ら)が権力を掌握するための戦術として成立したのであり、こうした地政学的な状況下の「奇跡」と考えるのが自然であるように思えます。
本来彼らが帰属するチャイナ文明圏を意識し始めた途端に「法治」が後退する現象は、起こるべくして起こった「元の鞘に戻る」現象だろうと思います。


日本統治の後、北コリアでは、人治独裁の社会になります。これは、これまで共産主義国家だから当然と考えられがちでしたが、「コリアンの伝統回帰」という観点で考えるべき現象かもしれません。
何故なら、これまで見てきたようにチャイナ文明圏の社会では「独裁」こそしっくりくる統治方法ですし、東西冷戦が終わった1990年代以降も、北コリアでは、(チャイナ同様)全く体制変革が起こる兆しもないからです。


【終わりに】
これまで、自由と民主主義は人類普遍の原理だと考えられてきました。
しかし、チャイナ文明圏やイスラム文明圏のように、文明のOSが異なると、この原理は砂上の楼閣になってしまうのかもしれません。

ただ、だからと言って、自由と民主主義を広めることを諦めてはならず、むしろそれだからこそ異なる文明圏であっても、少しでも浸透させることが大切なのだと考えられます。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
短かった?コリアの春A(民主主義の成立要件) 大祓の国/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる