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zoom RSS 「5つの戦争から読み解く日本近現代史」(加藤雅弘)を読む

<<   作成日時 : 2017/03/07 00:52   >>

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タイトルに惹かれて、加藤雅弘氏という人が書いた「5つの戦争から読み解く日本近現代史」という本を書いました。
平和が続いて戦争の意味を忘れた日本に住んでいると、先人たちがどのような事態に直面してどのように国を変革させたのかをそろそろ知らなければならないという最近抱いている問題意識にぴったりのタイトルでした。
また、てっきり、明治時代の戦争は元勲がいたから、外交の手段に過ぎず、引き際を弁えていたが、昭和以降の戦争は受験秀才君(軍部エリート)の暴走で戦争自体が自己目的化していたというストーリーかと期待しました。

オビの謳い文句は「自慢でも自虐でもない日本の歴史」とありますので、戦争を美化するのではなく、かつ自虐史観にも染まっていない中立公正な立論がなされていることを期待して購入したのですが。。。


しかし、「ちょっとこのおっさん研究不足ではないか?」と不満に覚える点が多々あります。


例えば、日中戦争や日米戦争の開戦について、既に証明されているコミンテルンの工作については、全く触れられていません。

◯なぜ、チャイナ共産党(=コミンテルン・チャイナ支部として発足)は、張学良を使って蒋介石(国民党トップ)を軟禁したのか?

◯なぜ、軟禁から解放された蒋介石は国共内戦から国共合作へと劇的に舵を切ったのか?

◯コミンテルンの工作員であった尾崎秀実は、日中戦争開戦時と日米戦争開戦直前の二度の近衛内閣のブレーンだが、彼は何を工作したのか?

◯公開されたヴェノナ文書(ソ連工作員の通信を傍受して解読した文書)には何が書かれ、そこから何が分かるのか?

少なくとも、こうした点に触れていなければ、研究者として失格です。戦史研究者など名乗る資格はありません。

時間という地層にすぐ埋もれてしまう歴史から真実を探り当てるには、謙虚な姿勢で「事実」を積み上げていくしかないです。

冷戦が終結してからこのかた、コミンテルンの工作が明るみになる実に様々なファクトが公開されています。歴史の真実を探り当てようとする気があるなら、こうしたファクトは、喉から手が出てしまうほど、貪り読む欲求にかられてしまう類のものです。

にも関わらず、この二流歴史家は、その「ファクト」は完全に無視しています。勉強不足で、おそらく知らないのでしょう。
そこに、この自称研究者の歴史に対する姿勢が透けて見えます。

事実の読みが浅いので、「ハル・ノートを書いたハルは国務長官に過ぎないから日米開戦を避ける方法はあった」と、あまりに読むに堪えない、憐みすら感じるレベルの愚論を展開しています。読んでいて、レベルの低さに開いた口が塞がりませんでした。
ハル・ノートを書いたのは、コミンテルンの工作員だったハリー・ホワイト財務次官補であり、この文書は最後通牒として準備され、ルーズベルト大統領も承知の上でした。
それに、説明するのもバカバカしいですが、開戦リスクの高い相手国に国務長官名で出される超重要文書を大統領が承知しないという事態はまず考えられないことです。

むしろ、遥か昔に小室直樹氏が「日本の敗因」で書かれたように、アメリカ国内の反戦世論に訴えるとか、ソ連を主敵と考える共和党と連携するなどの方法の方がずっと現実的だったでしょう。日米開戦を語るのであれば、この稀代の碩学の書くらいは読んでほしいものです。


この自称研究者の惰性的な姿勢は、「南京事件」についても全く同様です。恥ずべき行為があったと安易に結論付けています。

真実の前に謙虚になるという姿勢で「南京事件」を研究するならば、まずその証拠写真とされるものは、それまでに報道されてきた他の写真(チャイナ軍がやった残虐行為の写真)の転用に過ぎず、証拠として採用できるものが一枚もないという東中野修道氏の緻密な研究を押さえておくべきです。

チャイナで洗脳された中国帰還者連絡会という1957年に設立された元日本兵の団体があります。彼らは、その名の通り、共産チャイナに抑留されて洗脳された人たちです。南京事件の証言の多くは、この彼らがやっています。
彼らは60年安保でもチャイナ側の工作員として暗躍します。
したがって、証言は信憑性が乏しいです。


さらに、証拠とされる様々な日記について、兵士の捕虜と民間人を区別することから始める必要があります。

山田支隊が1937年12月17日に虐殺をしたとされるのですが、つぶさに山田旅団長や実行した両角連隊長の日記を読むなら、
◯1.5万人のチャイナ兵や民間人が投降してきた。
◯参謀からは、国際法を無視して「殺せ」と指示があり、現場幹部は殺すに忍びないと悩んだ。
◯民間人を解放して8千人が残った。
◯その後、捕虜収容施設で火事(おそらく放火)があり、4千人が逃亡。
(→現場の日本軍幹部はホッとする)
◯残る4千人も長江で船に乗せて対岸に逃す算段をした。
◯そうしたら、日本軍が攻めてきたとビビった対岸のチャイナ軍が銃を乱射。いくらか死んだが、殆どは騒ぎに乗じて逃げた。
(→旅団長もホッとする。)

という現場幹部の「武士道」が浮かび上がってきます。
やはり現場の兵隊さんは幹部も含めて立派な人たちが多いです。
一方、「殺せ」と命じた参謀(受験エリート)は血も涙もないクズです。彼らは、日本の兵隊も消耗品のように使いました。まるで悪魔です。

また、南京の「安全区」の外側は、建物が破壊・放火され、略奪や強姦がなされたとされています。比較的中立的な立場のドイツ人が書いているので、そういう「事実」はあったのでしょう。
しかし、この破壊、放火、強姦、略奪は誰がやったのでしょうか??

誰がやったのか?の疑問に向き合わないで、チャイナの主張を鵜呑みにして恥ずかしくないのでしょうか。

国民党は南京を去るに当たり、破壊・放火をしたとされますし、それは彼ららしいです。また、略奪や強姦はチャイナ軍には付き物であるのは、チャイナの戦史研究の常識です。
チャイナを研究していれば、当然に疑って然るべきツボ中のツボです。

十分な給料が支払われず、農家の次男三男など故郷に働き口がないチャイナ兵は、略奪は給料の一部とみなされていたそうです。
強姦のやり口も、最後に陰部に棒を刺して殺すとか、通州事件でチャイナ兵が日本人にやったのと同じ残虐なやり口です。

落城当初の南京は、民間人に紛れ込んで便衣兵というチャイナ兵がいたというような状況です。チャイナ兵が日本兵の軍服を着れば、日本兵の蛮行をいくらでも捏造できます。
国民党や共産党の上層部にしてみれば、国際社会に「南京で日本軍はこんな蛮行をしている」というデマを流すために、悪逆を働く動機は十分にあります。チャイナ人はチャイナ人を何千万人も殺害していることを忘れてはなりません。

当時の南京城内の安全区には外国人が多数おり、日本軍の「悪行」を国際社会に広めるチャンスが転がっていました。チャイナとしては、それを最大限利用しない手はなかったわけです。

実際、チャイナ国民党軍は、自分たちが南京陥落前に列車で逃げるため、列車に乗り込んだ大勢の民間人を殺害しています。「日本軍のせいにすればいい」と。
このようなタチの悪い軍隊が、南京に潜伏して反日宣伝のための悪逆非道を働いたと想像するのは容易ですが、その選択肢を疑いもしないのは、歴史に謙虚に向き合う姿勢とは言えません。

チャイナ人は戦争は弱いけど謀略に強い民族であり、この時代のチャイナは白人宣教師も使って、また、米国内の共産主義団体(当然コミンテルンの工作員)と結託して、アメリカで反日プロパカンダを展開しています。
戦争より謀略を尊ぶ孫子の兵法の基本セオリー通りです。実際、これが日米開戦の重要な下地になります。
日本軍に勝てそうもないから、反日宣伝でアメリカを引っ張り込むということです。

「南京 子供」で画像検索をすれば、日本兵と一緒に屈託無く笑うチャイナの子供たちの笑顔がいくらでもヒットします。
「南京 農作業」で画像検索をすれば、現地のお百姓さんと一緒に農作業に汗を流す笑顔の日本兵の写真がヒットします。
これらが歴史の真実を雄弁に物語っています。


チャイナの「宣伝」の可能性が濃厚な「南京事件」を鵜呑みにしてしまう、その姿勢は、やはり研究者を自称する資格がないものと断ぜざるを得ないでしょう。


未だに、中立を装って、「捏造史」の延長線上で近現代史が書かれるのかと残念な気分です。




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