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zoom RSS 森友学園問題A〜日本の闇

<<   作成日時 : 2017/03/31 20:23   >>

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問題になっている民進党の議員のネットで流れている人脈を見る限りでは、野党側と連なる深い闇が垣間見える問題なのかもしれません。

野党第一党である民進党が、同議員に関する報道について控えるようメディアに要請し、それを無視した産経新聞に対して法的措置を取ることを言及したのは、パク政権の言論封殺と同様、民主主義にとって不可欠な土壌である「報道の自由」を侵害する大問題であり、本来ならトップニュース扱いになってもおかしくない問題です。

それ以上は、さすがに憶測で描くのが憚られますので、皆さん、それぞれに検索してみてください。

【1970年代に起因する問題】
日本は、「1970年代」を未だに清算できていないようです。

◯高度成長期の末、経済至上主義の傾向が強まる一方で、置き去りにされた公害をはじめとする問題が噴出し、

◯多くの元気を持て余した青年が左翼運動に身を投じるとともに、就職できないので「プロ市民」として、「平和」「人権」をキーワードとしてネットワークを作り上げ、

◯メディアを中核的な運動主体として、社会が新たな「左傾化」に引き摺られ、

◯安全保障面でも、佐藤栄作内閣の時に「非核三原則」が決議されて、呆れたアメリカ(ニクソン&キッシンジャー)がチャイナ(毛沢東&周恩来)と親しくなり、「日本封じ込め」を基本戦略にする中、

◯田中角栄政権も、その後の自民党政権も、経済成長のパイの分配しかやらず、安全保障政策と真正面から向き合うことを放棄した

というのが、「1970年代」の一側面と見ることもできます。


【続く「1980年代」】
この後に来る「1980年代」は、日本国内で「反日」のネタが仕込まれる時代です。代表的なのは、慰安婦問題、南京大虐殺問題と靖国問題です。
これらは、1980年代〜90年代に、チャイナやコリアとの間で大問題化し、今にまで響く問題です。

【慰安婦問題の場合】
例えば、慰安婦問題で言えば、1980年代に吉田清治という反日詐欺師が「軍による強制連行」を捏造し、朝日新聞がそれを真実として報道しました。
当初は南コリアも騒いでませんでしたが、1990年代に宮沢総理が訪韓する直前に朝日新聞が仕込み、金泳三大統領も取り上げざるを得なくなりました。しかし、意外なことに、この時は金銭補償は南コリア側の責任とされていました。日韓基本条約があったからです。
その後、日本人が国連の人権委員会で吉田清治の捏造を真実として主張し、捏造に基づく「クマラスワミ報告」が取りまとめられます。
続く「2000年代」に、南コリアが左傾化していき、ノ・ムヒョン従北左翼政権の誕生を経て、最高裁判決で、日本に賠償を求めないのは南コリア政府の怠慢であるとされました。
それが、「2010年代」にパク政権が執拗に慰安婦問題に固執した背景です。
そもそもの出発点は、「1980年代」の日本の左翼による仕込みに始まり、「1990年代」の宮沢訪韓前の日本の左翼の仕込みと国連での活動があり、その後に「2000年代」になってからようやく、北コリアの策動の結果として、「反日」を国是とする南コリア側の動きがあったわけです。


【戦後の保守政治にも原因】
何が言いたいかと言えば、未だに日本と日本国民を苦しめるこの「1980年代」「1990年代」の反日土壌が作られたのが、「1970年代」だということです。

日本の保守政治がしっかりしていれば、1952年に主権回復して以降、真の独立国家に戻るための仕込みや人材育成、日米間の人脈づくりを欠かしてはなりませんでした。

それを怠ったのが、上記のような「1970年代」になってしまった原因でしょう。

結局、高度成長期という「カネ」に負けたのが戦後の保守政治である、という側面があることは否めないと思います。(そんな中でも、信念で保守論壇を守り続けた渡部昇一氏らに敬意を表したいと思います。)

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